『アメリカン・ブッダ』柴田勝家|【感想】SFとアニミズムと仏教の混交の物語。人間はいつか必ず救済される。
表題作『アメリカン・ブッダ』は、SFとアニミズムと混交した仏教を掛け算した意表をつく短編。
未曽有の大災害の後、多くの人が現実世界を捨て、形而上のアメリカ大陸、Mアメリカに逃げ込んだ。Mアメリカでは、死はなく、病気や、出産もない。実際の生から遠く離れた仮想世界に人々は浸りきり、退屈しきっていた。そんな世界に、現実のアメリカ大陸から、仏教を信仰するインディアンの青年の声が届く。
だから僕は大地に残ったインディアンを代表して、貴方たちに呼びかける。
あの”大洪水”は去った。貴方たちは帰ってきても良いんだ。
読了後、不覚にも泣きそうになった。
多くのアメリカ人が逃げ込んだバーチャルのアメリカ大陸、Mアメリカでは現実より早く時間が流れている。大体、現実世界で1秒計画すると、Mアメリカでは4時間ほど過ぎている。なので、インディアンの青年が生き、呼びかけを続ける間にも、Mアメリカでは気が遠くなる時間が過ぎている。
この設定が、弥勒菩薩の信仰を元にしているのは、言わなくてもいいくらい当たり前のことだし、実は私自身、弥勒菩薩の56億7千万年後の救済を大いに待ち望んでいる口なので、そのはるかな救済を、アメリカ、インディアン、仏教、仮想世界という結びつきそうもないキーワードをもって見せてくれたこの短いものがたりに、深い感謝をあらわしたい。
他にも、一生をVR世界で生きる架空の少数民族を題材に、私たちが共有を盲信している現実の不確かさを描いた『雲南省スー族におけるVR技術の使用例』、
実家の壁から古い骨が出たことから、邪悪な何かに呑み込まれていくホラー『邪義の壁』、など、何を読んでも、こちらの思ってもいないものが出てくる、一読の価値ある短編集だった。
特に『邪義の壁』は、途中で主人公の奥さんの痕跡がさりげなく消えているのを見過ごしそうになるのが、とてつもなく怖い! 特にその点に誰も(読者自身でさえ)触れないのが怖いよ~。
今後も新刊が出たら追っていきたい小説家でした。
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