書にいたる病

ものがたり大好き主婦の読書記録

『クロニクル・アラウンド・ザ・クロック』津原泰水 | 【感想・ネタバレなし】少女のハードボイルドでロックな青春。どんなに世界がモノクロでも、音楽は止まない

 

本書『クロニクル・アラウンド・ザ・クロック』は、

・第1部『爛漫たる爛漫―クロニクル・アラウンド・ザ・クロック (新潮文庫)

・第2部『廻旋する夏空―クロニクル・アラウンド・ザ・クロック〈2〉 (新潮文庫)

・第3部『読み解かれるD: クロニクル・アラウンド・ザ・クロックIII (新潮文庫)

に分かれて文庫版が刊行され、本書はそれらを1冊にまとめたもの、ということのようです。

実は第1部『爛漫たる爛漫』が刊行された折、本屋で見かけ、わあ、津原泰水だ、新作だ、嬉しいな、買おうかな、と思ったのですが、ぺらぺらめくって、あ、これ1冊で完結しないやつだ、完結したら読もう、と、そのまま帰ってしまいました。

本書あとがきで筆者が、あまり売れなかったというようなことを、しょんぼりと書かれており、本当にセコイ読者ですみません、と心が痛かったです。

しかし、読み始めてなんですぐ読まなかったんだろう、と猛省しました。やっぱり津原泰水はすごかった。

一人の少女の青春小説であり、犯罪小説であり、もちろん音楽小説でもある贅沢。

小気味いいセリフ回しに、晴れやかでありながら胸がつまるようなラスト。

あー、言葉が足りない。久しぶりに、胸がどきどきする快感でした。

以下、あらすじとコメントなど。

あらすじ

 伝説的なロックバンド’’爛漫‘’のボーカル、ニッチこと新渡戸利夫が事故死とも他殺ともしれぬ謎の死をとげる。絶対音感を持つ不登校児、向田くれないは、ニッチの兄、新渡戸利鋭夫と共に、謎の黒幕「オープンD」の存在を追うのだが……。

 

おすすめポイント 

 青春小説であり、犯罪小説であり、もちろん音楽小説である本書。誰が読んでも、間違いなく面白いですが、一人の少女の成長の記録を読みたい方、軽快なタッチの犯罪小説を読みたい方、自分もバンドやってたよという方、などにおすすめです。

 

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

 

 ハードボイルドなヒロイン、くれないの魅力

もし、自分に娘がいたら、どんな名前にするか、という候補をいくつかストックしているのですが、今、「くれない」がかなり上位に来ています。

物語のはじめ、くれないはやや陰気な印象で登場します。音楽ライターである彼女の母親は娘を放任気味で、彼女自身も学校という場になじめず、不登校のまま高校を卒業しています。

しかし、数ページ読み進めると、彼女は自分で言うように「陰気で凡才」なのではなく、絶対音感という才能も彼女の本質のほんの一部だということが分かってきます。

くれないは、相手が、超人気バンドメンバーでも大物ギタリストでも中学生のアマチュアバンド相手でも、自分のペースを崩しません。その言葉は、いつも本当のことしか語らず、まっすぐに相手を見ます。ステータスや肩書や能力で相手を判断しません。

涼しげで、華やかでハードボイルドな少女なのです。

こんな少女が学校生活まともにやっていけるわけないよな~、と妙に感心してしまいました。

音楽小説としての魅力

話の中心となるバンド’’爛漫‘’をはじめ、本書にはミュージシャンと呼ばれる人がプロもアマも大勢出てきます。豊富な音楽への知識に裏打ちされた描写がキャラクターに厚みを加えているのは言うまでもなく、くれないが顧問兼メンバーのように面倒を見る、中学生’’野薊’’の奮闘など、一度、バンド活動をされた経験のある方などは、ぐっとくるシーンも多いのではないでしょうか。

私も一度小さなステージに立って歌ったことがあるので、’野薊’が学園祭で初めての演奏をして、その打ち込み方と現実の差に打ちのめされてしまうシーンなど、完全に感情移入してしまいました。

でも音楽を奏でるごとに、幼い中学生の少女らが、それぞれの方法で成長していく様は、それだけで話がかけるくらい、充実しています。

本書の音楽への、そしてロックへの深い愛と敬意は次の言葉に凝縮されているように思います。

音楽を愛している。

いま俺は楽しい。

大好きな君たちに囲まれて。

君たちを尊敬している。

想いを伝えきれなくてもどかしい。

結局、演奏するしかないや。

俺のために、君たちのために。

ほかには何もできないから。 (p110)

歯切れのよい会話から滲む深い絆

津原泰水小説の数多い魅力の一つに、登場人物たちのテンポの良い会話があるのですが、本書でもそれは健在です。

引用したいのですが、少し抜き出しただけでも魅力は少しも伝わらないでしょう。

くれないと鋭夫くんの会話は、一見、乾いていて、だからこそ相手への信頼が感じられて、無駄がなくて、ユーモアがある。

ああいう会話はなかなか書けないんじゃないかと思います。

くれないと鋭夫くんとの間にあるものは、彼らのぶっきらぼうな言葉とは対照的に簡単に「恋愛」という言葉にあてはめられません。それは、彼らの絆が痛みによるつながりだからではないでしょうか。二人は深い傷を負った人間同士ですが、決してその傷を盾に相手にすがりはしません。くれないの孤独と鋭夫くんの喪失は共鳴はしますが、二人は寄りかからないのです。だって、まだ二人は若くて、まだこれからも生きていかなくてはいけないから。

本書の最後、くれないが鋭夫くんへ贈ったメッセージはそんな二人だからこそ、美しく胸に響きました。ちょっと涙。

あと、余談なんですが、途中ちょっとだけ出てくる岡村先生というキャラクターが強烈。話に絡むようで絡まないちょい役なのですが、なぜちょい役にあんな濃い設定をつけたんだ……。面白すぎるぞ。他の本でも出てこないかな。

 

注意! ここから本書の犯人に触れます。

黒幕オープンDとは何者だったのか

くれないが、 鋭夫と共に追う全ての事件の黒幕とはいったい何者だったのか。

鋭夫の弟で’’爛漫‘’の中心人物でもあったニッチを見殺しにし、人の愛情を利用し操り、邪魔な人間を次々排除し、自分は巧みに追及を逃れる。

まさに悪魔のように事件に重く君臨するですのが、この本を最後まで読まれた方は、その素顔にあっけなさを感じるのではないでしょうか。

なにしろそれは単純に向田くれないのあったかもしれない姿だからです。

同じく絶対音感を持ち、天才的な楽器の技術とセンスを持つ彼女は、鏡に映したくれないのようにそっくりです。

登場人物の何人かも、くれないに似た雰囲気の持ち主だったことに言及しています。

彼女はなぜ、黒幕とならなくてはいけなかったのか。くれないのように生きることができなかったのか。

素人のロマンチックな考えかもしれませんが、結局、彼女とくれないの間にある決定的な違いは、何かを真摯に愛したか、その何かの前で誠実であったか、という厳しい問いなのだと思います。

不誠実に扱った数々の物事の代償をまとめて払うように、彼女は滅んだわけですが、なんとなく、彼女の言動のはしばしが、自分の一番汚くて見たくない部分と一部通じているのを否定できませんでした。

こういう苦い思いをはっとさせられるのも津原泰水作品の魅力ですね。

 

しかし、ますます目が離せない作家であると実感しました。

今後も、読んだら感想を投稿していこうと思います。

今回ご紹介した本はこちら

津原泰水の他のおすすめ作品

まだ、レビューを書いていませんが、今後書いていく予定です。