『それからはスープのことばかり考えて暮らした』吉田篤弘 | 【感想】人々とのあたたかなつながりが美味しいスープに溶ける
今回ご紹介する本は、ささやかな日常の温かさを描くことに定評のある吉田篤弘さんの『それからはスープのことばかり考えて暮らした』です。
あらすじ
おすすめポイント
・サンドイッチが食べたくなります
・スープが作りたくなります
・のんびりした話が読みたい方におすすめです。
食べ物の新鮮さ
本書の魅力は何と言っても出てくる食べ者でしょう。タイトルは『スープ』ですが、私はサンドイッチのほうが印象的です。
ハムのサンドイッチ、じゃがいものサラダのサンドイッチ、ハムとたまごのサンドイッチ、こう書くとなんの変哲もない普通のサンドイッチなんですが、物語の中ではそれはそれは美味しそうに描かれています。
吉田篤弘さんの描く食べ物はどことなく清潔感というかフレッシュな感じがしてそこが好きです。
作中、主人公オーリィ君はサンドイッチ店で売るためのスープづくりをまかされ、頭を悩ませるのですが、その過程でスープづくりの達人あおいさんの家でスープをごちそうになります。
匂いだけでなく、白い皿にフランスパンが載り、チーズやサラダやハムが盛り付けられ、そのどれもが瑞々しくて、チーズでさえ「とれたて」と言いたくなった。
まさに吉田篤弘さんの描く食べ物は、それがただの文字であっても「とれたて」と言いたくなるフレッシュさなんです。
個性豊かな登場人物
いつか映画化してほしいくらい、本書の登場人物は個性豊かで、ところどころポンコツであったり、ちぐはぐだったりします。
まず、主人公であるオーリィ君からして、どこかフラフラした青年で、仕事もせず路面電車に乗って映画館でポップコーンばかり食べています。そうかと思えば、美味しかったというだけの理由でサンドイッチ修行(後にスープづくり)に一心不乱に明け暮れたり、その頼りなさとひたむきさに何となく母性本能がくすぐられます。
一方で、同著者の『つむじ風食堂と僕 (ちくまプリマー新書)』では主役となる、サンドイッチ店店主安藤さんの一人息子リツ君は小学生ながら、いっぱしの理屈屋で、オーリィくんより物事をあれこれ考えてます。
オーリィ君の住むアパートの大家さんのオーヤさんは、ちょっと蓮っ葉で面倒見がよくて、おそらく妙齢の美女なのだろう、と(勝手に)妄想してしまいます。
個性豊かな面々に囲まれ、オーリィ君は自分だけの、自分たちだけの美味しいスープをつくりあげていきます。
名無しのスープ
スープの師匠あおいさんから教わる「名なしのスープ」があります。
つくりかたはあってないようなもので(巻末につくりかたが載っています)、「とにかく、おいしい」スープなのだそうだ。
そんな「名なしのスープ」を伝授される、オーリィ君だが一口飲んだあおいさんは言う。
「私の味と違うのね」
どきりとするようなことを、まるで映画のセリフのようにさらりと口ずさんだ。
「だめでしたか」
「どうじゃないの、あのね、これはもう、あなたのスープなのよ。あなたのーというより、あなたたちの」
ちゃんと地に足をつけて生きていれば、きっと、人生をあたためる’’とにかく、おいしい’’スープがつくれる、とメッセージをもらった気がします。
この小説自体がじんわり沁みる美味しいスープのように感じました。
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