書にいたる病

ものがたり大好き主婦の読書記録

『gift』古川日出男 | 【感想】小説界の鬼才がそっと贈る物語の源泉、通り過ぎる小さな奇蹟を鮮烈に記録した掌編集

今回ご紹介するのは、日本推理作家協会賞日本SF大賞「アラビアの夜の種族」、直木賞候補となった「ベルカ、吠えないのか?」で知られる、古川日出男の掌編集『gift (集英社文庫)』です。

たった数ページ、なかには1ページしかない掌編ですが、その名の通り、贈り物のような輝きに満ちた一冊です。

「台場国、建つ」などは、1ページでここまで人を感動させられるのか、と驚嘆しました。

現在は、東北・馬などをキーワードに難解な小説を執筆することが多い著者のストーリーメイカーとしての源泉に触れることができるのも魅力でしょう。

古川日出男の入門書として、ぜひ一読あれ。

では、あらすじと感想など

あらすじ

 廃墟のなかで再生のときを迎える女子高生(あたしはあたしの映像のなかにいる)、回転する観覧車を希望の言語が照らす(台場国、建つ)、猫として生まれた娘を深く愛した叔父夫婦(光の速度で祈っている)、愛した妻への哀悼を失われた音楽へ重ねる(僕は音楽を聞きながら死ぬ)、愛と希望と小さな奇蹟に触れる掌編集

 おすすめポイント 

 ・数ページで本気で文学的感動を得たい人におすすめです。

 ・リン・ディン「血液と石鹸」が好きな人は絶対好きです。

・爽やかな読後感を得られます。

 

特に好きな掌編についてご紹介します。

あたしはあたしの映像のなかにいる

あらすじ

体重80㎏をこえた女子高生が絶望して、廃墟と化した古い団地で餓死をこころみる、という話です。怒りに満ちながらラフでポップな語り口が、女子高生の世間に対するぶっきらぼうさみたいなものを表していて、しびれます。

廃墟団地で彼女は、少し前まで人が住んでいたかのように家具や物が綺麗に配置された不思議な部屋に辿りつきます。

この少し前まで、人がいたかのような廃墟って、メアリー・セレスト号っぽいですよね。

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餓死しようと悶えながら、彼女はその部屋の遺留物(CDや小説)から、その部屋に住んでいた人物、おそらく少し年上の女性の像を探り出そうとします。

そしてついに、映画の脚本を発見します。その部屋はヒロインの部屋としてつくられた空間だったのです。

絶食のすえ、体重を落とした彼女は、その部屋の持ち主である架空のヒロインの衣服を着ることに成功します。

彼女は餓死するのをやめ、部屋の外に踏み出していきます。

だって、あたしがだれなのか、いまなら手がかりがつかめる。この部屋が映っていて当然のようにあたし自身も映っているフィルムが、この世界のべつの場所にあるにちがいないから。

あたしはそれを狩りだそうと思う。

古川日出男『ルート350』への源流

そして、架空のヒロインの部屋としてつくられた部屋とヒロインを、女子高生が乗っ取り、刈り取っていく。この現実とレプリカの交錯の物語に、現実とそのレプリカの間に立ちあがる物語をテーマにした短編集『ルート350』の源流を見ることができるのでは、と思います。

女子高生のあたしは、架空の映画の筋書きを今や乗っ取り、現実さえレプリカとして狩り取ろうと雄々しく踏み出していく。

うーん、数ページながら圧倒される熱量です。

『ルート350』のレビューも書いていますので、気になる方はこちらから。

rukoo.hatenablog.com

台場国、建つ

あらすじ

気象変動により突如、東京湾の水位が上昇し、お台場の大観覧車の根本まで水没、乗っていた乗客83名が回転する大観覧車に閉じ込められる、というお話です。

パニックになった人々はやがて、ゴンドラとゴンドラの間でコンタクトを試みはじめます。叫び声、身振り手振り、歌、様々な形のコミュニケーションが、年齢、性別、出自を越えてゴンドラ間を飛び交います。

恐慌を回避する、精神の強靭さが誕生させつつある、それは共同体だった。固有の(発展しつづける)言語を有するーつまり、それは一つの母国語をもった国家だった。

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言語こそ希望の光

初読の際、この数ページの掌編に大興奮しました。コミュニケーションへの心底の渇望が言語を誕生させる。言語が持つすさまじい希望のパワーを感じさせられました。

野生の舌

なぜか、この話から、アンサルドゥーア グロリア『野生の舌を飼い馴らすには』を連想しました。

レズビアンチカーノであり、英語・スペイン語が複雑に混交する地域で育った著者グロリアは、学校や世間で強制される、’’’正しい英語‘’、''正しいスペイン語''を、母語として持ちません。

しかし、どれだけ強制されても、自らの言語的アイデンティティである、クレオール的言語すなわち''野生の舌''を飼いならすことはできない、というエッセイなのですが、この''野生の舌''という表現が、今、生まれつつある生きた言語を描いた「台場国、建つ」と私のなかでハレーションを起こした、みたいな感覚があります。

アンサルドゥーア グロリア『野生の舌を飼い馴らすには』に興味がある方は『世界文学のフロンティア〈1〉旅のはざま』という本に載っているので、ぜひ一読してください。

アンケート

たった1ページのQ&Aで構成された掌編です。短すぎてあらすじも書けません。

しかしその1ページに込められた滑稽なまでの熱量に完全にノックアウトされました。ちなみにQは、よくある、無人島に持っていくなら何を持っていく? というやつです。
意外なアンサーに、完全にやられちゃいました。

 

他にも魅力的な掌編がたっぷり詰まっていますので、ぜひ読んでみてください。

今回ご紹介した本はこちら

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