書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『ニムロッド』上田岳弘 | 【感想】 仮想通貨採掘を背景に描かれる虚無的な人間関係

今日読んだのは、、上田岳弘の第160回芥川龍之介賞受賞作『ニムロッド』です。

文庫版の端正な装丁に惹かれ購入しました。

仮想通貨のマイニング、外資系に勤めるトラウマ深き恋人、鬱病の同僚、と現代的なシチュエーションが次々並べられる、乾いていて、どこか虚無的な小説でした。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

会社のサーバーで仮想通貨のマイニングを命じられる僕・中本哲史。外資系証券会社に勤める恋人・田久保紀子。鬱病の同僚・ニムロッドこと荷室仁。荷室仁は僕・中本哲史の左目から涙が流れる、という症状に興味を持つ。

 おすすめポイント 

都会的でドライな人間関係の小説を読みたい方におすすめです。

仮想通貨採掘という新しい分野が文学に如何に取り入れられているか興味がある方におすすめです。

シンプルな登場人物

この小説の主人公は以下の通り。

・主人公である僕・中本哲史

・僕の恋人・田久保紀子

・僕の同僚・ニムロッドこと荷室仁

この3人しかストーリー内で語られず、非常にシンプルな構造と言えます。

登場人物のドライな関係性

私が特にこの小説を気にったのは、この主要メンバー3人の何とも言えない虚無的な個性と関係です。

まず、主人公は、上司から仮想通貨のマイニングを命じられるのですが、方法を淡々と調べ、黙々とマイニング作業を行います。また、極端にモノを知らない所があり、カートコバーンやサリンジャーを知らず、その都度スマホでしゃしゃっと調べます。

別に自分が知っていなくても、ネットに載っていて誰かが知っていればいいじゃん、という態度です。

まあ、そういう人結構いますけど、カートコバーンやニルヴァーナサリンジャーを知らないのは、ちょっと極端な気もします。

そんな中身の無い主人公が仮想通貨の採掘という実態の無い作業を行う、という構図からして、誰が何をやっても同じ、みたいな虚しさを感じさせます。

また、小説家への夢破れ鬱病にある同僚、ニムロッドこと荷室仁は、主人公の連絡先へ脈絡なく、「小説の断片のようなもの」「駄目な飛行機コレクション」という文章を投下していきます。

どうやら、''駄目な飛行機''に''駄目な人間(自分)''をだぶらせるという面倒なこと考えているのか、正直こんな同僚不気味でイヤですよね……。

さて、主人公は、深いトラウマを抱えた恋人・田久保紀子を癒すわけでもなく、小説家への夢破れ鬱病にある同僚、ニムロッドこと荷室仁をフォローするわけでもなく、二人のトラウマと挫折の間でただ立っているだけです。

この僕・中本哲史というのが、あまりに没個性的で、こいつこそ、誰とでも取り換え可能な人間なんじゃないか、思ってしまいます。

この小説の飛ぶ先とは

そして、次第に仮想通貨のマイニングは下火となり、恋人と荷室仁は謎の言葉を残して、主人公のもとを去っていきます。

takubon:プロジェクト完了。疲れたので東方洋上に去ります。(p144)

だから僕は、ただ一人塔の上に残った今、この最後の時、駄目な飛行機に乗って、太陽を目指すことにしたんだ。(p150)

それ以降連絡の取れなくなった恋人と同僚はどこへ向かったのか。

一体この小説は何なのか。何の意味も無いのか。荷室仁は主人公に最後、次のように言い残します。

サリンジャーだよ。

ただごろりと文章があるんだ。意味なんて知らない。展望があるかどうかも知らない。僕は駄目な人間だから。そんなことは考えない。僕と同じ駄目な人間が皆そうであるように、この文章はただ、ごろりとここにあるだけなんだ。(p150)

この小説も、ただごろりとここにあるだけなのかもしれません。

今回ご紹介した本はこちら