『錆びた太陽』恩田陸 | 【感想・ネタバレなし】直木賞受賞後第1作 放射能汚染地域を巡回するロボットが目撃する人間の姿とは
2016年下期、『蜜蜂と遠雷』での直木賞受賞後の第1作目と銘打たれています。
初出は『週刊朝日』2015年6月~2016年3月まで連載されていたもののようです。
ちなみに、初回限定メッセージカードには恩田陸さんの直筆で、
(略)
私たちは、こんにち、とても不条理で嘘臭くて、もはや笑い飛ばすしかない世界に生きている。
この二人がどんな会話を交わすのか、二人が何をするのか、皆さんに目撃していただき、自分たちがどんな世界に生きているのか体感していただければ幸いである。
とありました。
私たちはどんな世界に生きているのか。うーん。重い。
では、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
おすすめポイント
キャラクター性が濃く、設定もところどころクスリとさせる笑いどころが満載の作品。
しかし、コメディタッチながら、放射能で汚染された近未来という重い題材を扱っている点が読みどころ。
また、このまますぐドラマか映画にできそうなくらい、いきいきと情景が浮かびあがってくるような小説です。
本書『錆びた太陽』の登場人物
本書『錆びた太陽』には、人間と言える存在が、ヒロインの財護徳子(ざいごとくこ)一人しか登場しません。
彼女の他に登場するのは、放射能汚染地域を巡回・整備する超高性能ヒト型ロボット「ボス」とその仲間たちと、汚染地域を根城にするゾンビのような存在「マルピー」です。
ヒロイン・財護徳子の目的
物語は、財護徳子が、汚染地域に突然やって来るシーンからはじまります。
国税庁から来たという徳子に、何の連絡も受けておらず戸惑う「ボス」たち。
とりあえず、一応は人間である徳子の指示を受け入れることにします。
ネタバレになってしまいますが、実は徳子の目的は、「マルピー」に課税できるかどうかを調べることでした。
先に少し触れましたが、「マルピー」とは何らかの原因で、人間ではなくなってしまったゾンビのような存在です。
後に、「博士」と呼ばれる、かなり高次にコミュニケーションがとれる個体も登場しますが、物語序盤では、コミュニケートできるのか謎なうえ、がっつり人を襲う恐ろしい存在です。
復興予算も足りなくなっている現状、ゾンビにでも何でも課税したい、それが徳子の言い分です。
なんじゃそりゃ、という感じですが、本気も本気の徳子は、放射能汚染もゾンビもなんのその、「アンケートを取りたいから(ゾンビに)」という理由で、どこへでも首を突っ込もうとします。
人間を守らないといけない、という規則を課せられた「ボス」はそんな徳子の行動に始終振り回されることになります。
滑稽なまでの人間の愚かさ
ゾンビに課税できるのでは、と考える国税庁というのもお笑い種ですが、政府は更に、汚染地域のとんでもない「活用法」を強引に運用し始めようとしていました。
徳子と「ボス」は汚染地域を調べるうち、その陰謀に気が付きます。
その「活用法」とは、汚染地域を故郷とし、今は無理でもいつかは帰りたい、故郷を復興したい、と血の滲むような努力を重ねている人々を踏みつけにするものでした。
人間の徳子、ロボットの「ボス」、マルピーの「博士」は、政府の「活用法」を阻止すべく協力することにします。
「博士」はこう言います。
『いかにもジリ貧の、その場凌ぎの政府が考えそうなことだ』
そうズバリと言われては、徳子も苦笑するしかない。
『(中略)どうも、日本の政府や政治家には、今あるものでやりくりしようという頭がないようだ。子供が独立して家を出ていったら、小さい家に住み替えるとか、家計の規模を縮小しようと考えるのが普通だが、とにかく彼らは長いスパンで人生計画を考える気がさらさらない。使う人間もいないのに家を増築しようとする。彼らは上昇とか成長とかいう呪縛から逃れられない。とにかく、今目の前にカネが欲しい。今すぐ新しい家が欲しい。それだけだ。なんのためにカネが必要なのか。なんのための家なのか。決して考えない。そのせいでわざわざこんなことをする』
ゾンビに課税しようとし、汚染地域に更なる汚染を持ち込もうと画策し、それをゾンビにツッコまれる、これなんてブラック・ジョーク?という感じです。
徳子以外人間がほとんど登場しないにも関わらず(だからこそ?)、人間が愚かでどうしようもない存在であることが次々と浮き彫りにされます。
合歓の花に託された想い
「ボス」はじめ、汚染地域で活動するヒト型ロボットには、ロボット三原則を現実的に運用するための前提として次の項目が組み込まれています。
一、人間は、物理的にも精神的にも不安定な生物である。
二、人間は、利己的であり、しばしば過ちを犯す。
三、人間の取る行動は、必ずしも合理的でない。
この3つの事実を、私たちはあの日以来、痛感してきたのではないでしょうか。
しかし、この重いテーマをコメディタッチで描いた著者に、私は、人間というものへの苦笑い混じりの’’愛’’を感じずにはおれませんでした。
本書は、滑稽で醜いもはや笑うしかない人類にも、しっかりと救いを残してくれています。
ロボットの最終目標は、人類の利益に奉仕することである。
この言葉に恥じぬ人類でありたい、というメッセージが本書の救いのキーワードである「合歓の花」に込められている、と私は信じます。
今回ご紹介した本はこちら