『楽園とは探偵の不在なり』斜線堂有紀 | 【感想・ネタバレなし】異形のSF×ミステリ なぜ探偵は謎を解かねばならないのかを問う作品
今日読んだのは、斜線堂有紀 『楽園とは探偵の不在なり』 です。
はじめて読む作家さんなのですが、2016年にデビューされ、本作で数々のミステリランキングにランクインしているすごい方のようです。
・早川書房 2021年版ミステリが読みたい!国内編第2位
・原書房 2021年本格ミステリ・ベスト10国内ランキング第4位
・宝島社 「このミステリーがすごい2021年版国内編第6位
すごいですね。
あらすじによると、2人以上殺した者は「天使」によって強制的に地獄に送られる世界で、まさかの連続殺人事件が起きる、というSF要素が盛り込まれたミステリのようです。
期待大です。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
過去のトラウマに悩む探偵・青岸焦は大富豪・常木王凱に孤島・常世島の別荘に招待される。しかし、そこで、起きたのは、天使の集まる島で起こりえるはずのない連続殺人。犯人は、なぜ地獄に落ちずに犯行を重ねられるのか。
おすすめポイント
SF×ミステリが好きな方におすすめです。
ミステリ好きならくすりとくるジョークが各所に散りばめられているので、ミステリを読みなれている方にもおすすめです。
異形の世界観と論理のアクロバティック
SF×ミステリというと、かつては西澤保彦さんがよく書かれていたと記憶しています。『七回死んだ男』などは設定も論理のアクロバティックさも素晴らしくて、初めて読んだときは衝撃的だったのを覚えています。
本書『楽園とは探偵の不在なり』も、現実には存在しないルールの上で論理的に推理を構築する、という点が見所ではないでしょうか。
本書の世界では、5年前に突如、異形の''天使''が降臨し、2人以上殺した者が地獄の引き摺り込まれる、という現象が発生します。
''天使''が殺人者を裁く際のルールはざっとこんな感じです。
1.2人以上殺した者は''天使''によって即座に地獄に引き摺り込まれる
2.地獄行きになるのは直接手を下した者、間接的に手を貸した者は対象外
3.殺意がない場合(過失致死)の場合でも地獄行きの対象となる
2人殺せば即地獄行き、限られた登場人物、この制約の中で犯人は如何にして連続殺人を成し遂げたのか、読む前から読者の期待を煽る設定です。
こういう現実にはない設定を一からつくると、ともすれば、推理のためだけの設定になってしまい、現実から浮遊してしまいがちなのですが、本書では、人間の行動・超常的なルール・論理の3点が無理なく融合している点が、見事としか言いようがないです。
ペナルティとモラルの消滅
本書の素晴らしい点は、'''天使''という実際にはありえない存在を創ることで、逆に人間の姿を深く考察していることではないでしょうか。
''天使''が降臨してから、犯罪は二極化します。
2人殺せば地獄行き、というルールから、「1人までなら殺して大丈夫」と考える者と、「どうせ殺すなら多く殺した方が得だ」と考えるものが出てきてしまったからです。
これについて私は、行動経済学漫画『ヘンテコノミクス』の「保母さんの名案ー社会を成立させているのは、モラルかお金か」という話を思いだしました。
子どもを早く迎えに早く来てほしい保母さんたちが、「6時を過ぎてお迎えに来られた場合は超過料金500円をいただくことにします」というメールを流すのですが、予想に反し、時間に遅れる親が多くなってしまった、という話です。
どうしてこんなことが起こったかというと、超過料金という制度が導入されたことで、「お金を払えば遅れても大丈夫」という意識を引き起こしてしまったからです。
つまり、超過料金というペナルティが、遅刻に対する罪の意識を消してしまった、ということになるのですが、これはそのまま本書の構図に当てはまるのではないでしょうか。
「2人殺せば地獄行き」というある種のペナルティが課されたことで、本来あった「殺人は許されない」というモラルが消滅してしまったのです。
探偵の存在意義と正義
そんな世界で、本書の探偵・青岸焦は、深いトラウマを負った状態で登場します。
青岸は、自動車を使った無差別殺人により事務所の仲間4人を失い、そのときから探偵の存在意義と正義を見失ってしまいます。
そんな中、''天使''マニアの大富豪・常木王凱に招かれた孤島の屋敷で、起こりえるはずのない連続殺人事件が起こり、青岸は否応なく事件を巻き込まれていきます。
そもそも、2人殺せば''天使'が裁いてくれるのに、犯人を捜す意味はあるのか、そう思いながらも青岸は探偵の性として自然と捜査をはじめます。
なお、ワトソン役が物語が始まる前に死亡している点も、本書の特異な点といえます。
本書の中では3人の人間が自称ワトソン役を務めます。
捜査をすすめるうちに、青岸は、なぜ自分が謎を解かねばならないのか、探偵の存在意義は何なのか、という問いに向き合っていきます。
また、''正義''という言がは本書では頻繁に登場します。青臭い言葉です。
この青臭い言葉がどれだけ無力か、本書はいやというほど書き連ねます。
奇跡や神の祝福、かすかな救いも''現実''という名のもとにバサバサ切り捨てていきます。
しかし、このもはや誰も見向きもしないかもしれない言葉が持つささやかな光が、理解できない世界と戦う誰かを確かに支える様も、きちんと書ききっている点に、読者はは、はっと胸をつかれるのではないでしょうか。
本書の最後は決してハッピーエンドとは言えないですが、悪と対峙し、理不尽に立ち向かい、戦い切ったすべての登場人物に拍手を送りたくなるラストだったと私は思います。
今回ご紹介した本はこちら
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