『ベルカ、吠えないのか?』古川日出男 | 【感想・ネタバレなし】犬の系譜が語る異形の20世紀史、イヌよ、イヌよ、お前たちはどこにいる?
今日読んだのは、古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』です
2005年上期の直木賞候補作ともなった作品です。
相変わらず独特のビート感あふれる文体に身を任せるうち、4頭の犬から始まる20世紀の叙事詩にどっぷりはまこりこんでしまいました。
では、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
おすすめポイント
独特のビート感のある文体に、珍しい二人称小説、中毒性があり、はまる人ははまります。
犬の側面から20世紀史を創るという壮大な試みが意欲的です。
20世紀を犬の系譜で語る
1943年アリューシャン列島キスカ島に置き去りにされた軍用犬4頭(北・正勇・勝・エクスプロージョン)。
厳寒のキスカ島を生き抜いた犬たちは、米軍に拾われ、やがてその血統は縦横無尽に世界を覆っていきます。
イヌよ、イヌよ、お前たちはどこにいる?
軍用犬から始まる血統を追うことで20世紀を語る、という何でこんな話を思いつくのだろう、と思ってしまうほど壮大な話でした。
たった4頭からはじまった犬の系譜は、世界中で数々のドラマを引き起こします。
純潔の母と雑種の女王
個人的に好きなエピソードは、エクスプロージョンと正勇の系譜に連なる雌犬シュメールと北の系譜の雌犬アイスの話です。
純潔のシェパード犬として完璧な美を誇り、ドッグショーで「勝てる」子犬を生むためケージでケアされるシュメール。
北海道犬・シベリアン・ハスキー・サモエドの血を引き、野犬の女王として君臨する雑種のアイス。
シュメールはただただ純潔の子犬を産み、アイスはより多くの犬種と交わり、雑種の子犬を産みます。
交わるはずのない2匹の雌犬の運命が、ある日交錯します。
犬たちが時代を駆けていく様は、異様な迫力があります。
あまり見ない二人称で書かれた文章のせいでしょうか。
犬、という生き物がもつ獰猛さ・息の熱さが文章から立ち上るようです。
(略)だから、お前は察知する。「狩る側」の心理を察知して、あらゆる事情を了解する。お前はほとんど人間の動きを予知する。だから、駆除などされない。
ライフルが発射するのは無駄弾だ。
愚 カ者メ、とお前は言うお前はリーダー犬として、群れの仲間に告げる。アタシタチハ捕マラナイヨ。アタシタチハ走ルヨ。
野犬の女王として君臨したアイスは、徐々に人間に追い詰められ、あっけなく死にます。
残された子犬たちは、運命的にシュメールに邂逅します。
混交を繰り返したアイスの子どもを純潔のシュメールが母親として受け入れるシーンはドラマティックで感度的ですらあります。
そうだ、シュメール、お前が走る。
走っているのだ。
それから州道の道端にとどまっている七頭の仔犬が、幻の母親をついに見つける。
母親のアイスとは似ても似つかないが、たしかに庇護のために駆けつけてきた雌犬を、そこで迎える。
母は、来たのだ。
豊かな乳房を持ち、七頭を養える
母乳 を持ち、何より愛を持った母が。
宣戦布告
犬たちの物語と並行して、ヤクザの嬢がロシアで''犬''として覚醒していく様が描かれます。
軍用犬として、人間の道具として、利用され戦わされ翻弄された犬たち。
犬たちの数々の系譜は、20世紀は戦争の、戦いの世紀であった、と言いたげです。
著者が、ヤクザの嬢をなぜ''犬''の系譜に連ねたのか、私にはまだよく理解できません。
が、戦争の世紀の代償として、犬たちに宣戦布告されるラストは、どこかしら腑に落ちるものがありました。
今回ご紹介した本はこちら