『雪と珊瑚と』 梨木香歩 | 【感想】シングルマザーが森の中に総菜カフェをオープンするまでの軌跡を描く、葛藤と幸福な物語。
高校生くらいのとき、何かを読んで以来、どちらかというと避けていた小説家さんなのですが、この間読んだ何気なく『ピスタチオ』が予想外に刺さったので、これからしばらく梨木香歩習慣にしようとすら思っています。
本書『雪と珊瑚と』は初出は「小説 野生時代」2010年9月号~2012年1月号ですので、比較的新しめの作品といえるのではないでしょうか。
さて、それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
あてもなく彷徨っていた彼女の目に、「赤ちゃん、お預かりします」という貼り紙が飛び込んでくる。
そこで出会った年配の女性・くららとの出会い、そして沢山の人々との関わりによって、珊瑚はいつしか自分のカフェをオープンさせることを目指す。
一人の女性が、自らの生い立ちや内面の葛藤と戦いながら、生き方を模索する姿を描く読む人を勇気づける一冊。
おすすめポイント
一人の女性が周囲の助けを借りつつ、カフェをオープンさせるまでの奮闘に勇気づけられます。
素直に人の助けを受け入れられない方に、一つのヒントとして読んでいただきたいです。
シングルマザーのしんどさ
昔から小さな子こども出てくる話が苦手でした。
というか、現実でも子どもが苦手です。
私は頭でっかちな人間なので、赤ん坊にどう接したらいいのか分からないし、どう理解すればいいのか分からないんです。
そもそも、赤ん坊というのは不思議で、産んだほうがいい、子は宝、なんて言われるわりには、タイミングとか大人の都合が合わないと、白眼視されたり、誰も助けてくれなかったり、意味が分からないんですよね。
赤ん坊が宝というなら、なぜ産み育てることが、こんなにも難しいのか(肉体的にではなくて社会的に)。
本書『雪と珊瑚と』の主人公・山野珊瑚はそんな世の矛盾を二重に背負っている女性といえます。
高校を中退して、結婚、出産を経て、21歳で離婚した彼女は、赤ん坊を抱えたシングルマザー。かつての夫は子ども気質で全く当てにならず、働こうにも季節外れで預かってくれる園もない。
また、珊瑚自身、母親にネグレクトを受けおり、高校中退もそれが原因でした。
頼れる親もなく途方に暮れた珊瑚が出会ったのが、「赤ちゃん、お預かりします」という小さな貼り紙と、その貼り紙を出した年配の女性・藪内くららでした。
最初は怪しんだものの、くららの第一印象に信用のおける何かを感じとった珊瑚は、赤ん坊・雪を預けることを決意します。
最初は雪を育てること・生活を維持することに必死だった珊瑚ですが、くららをはじめとした人々周囲の人々との関わりを通して、徐々に自分の生き方ややりがいを模索していきます。
そして、周囲の助けを借りながら、森の中に、カフェ兼総菜屋(デリカテッセンのようなもの?)をオープンします。これが大まかな物語です。
主人公・珊瑚の性格
本書の主人公である珊瑚は、若くして他人に寄りかかることをよしとしない潔い性格の持ち主(本人曰くプライドが高い)で、その誇り高さ故に、どうしてもしたたかになり切れないところがあります。
カフェをオープンするにあたり、森の中の物件を借りることになるのですが、オーナーの奥さんが家賃を値下げしてくれたことに珊瑚は引っかかりをもちます。
「施し、みたいに感じますか?」
くららの言葉に、珊瑚は大きくため息をついた。
「そういうことなんだと思います」
「そう? 私には、彼女の、あなたに対する尊敬もあると思うけど」
珊瑚は激しく首を振る。
「同情です。まちがいなく。私が、雪と二人で生きていく、それだけのことが、人の同情を呼ぶ。そのことに、うすうすは気づいていました。くららさんだって、本当のところ、そうだったんではないですか。時生さんたちだって。いえ、そのことを決して責めてるんじゃないんです。ものすごく、ありがたいことだと思ってるんです。本当に。ただ、なんというか……。そういうことに頼って生きていくような自分が嫌なんです」
珊瑚は、周囲が自分のために何かしてくれる度、自分のプライドと戦わなくてはなりません。
雪をなりふり構わず育てるためには、もっとしたたかに人の好意を渡り歩かねば、という思い・人に寄りかかっていきたくないという強情さ、その二つの間で珊瑚はしばしば悩みます。
そんな彼女に63歳のくららは、「施しを受けるときが一番、プライドが試される」と話します。施し受けたからといって、プライドまで明け渡す必要はない、と。
珊瑚は悩んだ末、店の融資の保証人に自分を捨てた母親を選びます。
金利が多少上がっても、保証人を立てないという道もありました。以前の彼女であれば、そちらを選んだのではないか、と思います。
誰に頭を下げるのか、自分の生き方と雪の養育と、現実的な金勘定、色々なものにどう折り合いをつけるか、彼女の歩く道筋に、若いのに色々考えててすごいなあ、とバカみたいな感想をもってしまいました。
ただ、身近に彼女のような女性がいたら、私も美知恵(本作の悪役ポジ)のような見方をしてしまうのではないかとも思いました。性格が悪いので。
もう一人の女性・藪内くらら
もう一人の女性・藪内くららは不思議な女性です。
修道院に入り、世界各地で奉仕活動に従事し、還俗し、両親に放置された甥を育て、今他人の赤ん坊の面倒を見ている。
あまり身近にいない生き方です。
浮世離れした雰囲気なのに、色々なことを知っていて、芯の強さを覗かせる言動は、波乱に満ちた人生に源があるようです。
本書で珊瑚の導き手のように描かれ、その内面はなかなか伺い知ることができません。
しかし、親切のやり方にセンスがあるので、珊瑚のような警戒心の強い女性でも、心を開くことができたのでしょう。
どこか、よしもとばなな作品に出てくる年配の女性を彷彿とさせます。
こういう隠れた偉人が日本のそこかしこに実はいて、自分の人生も手助けしてくれたらなあ、と甘いことを考えてしまいました。
蛇足として
珊瑚の子ども・雪がすくすくと成長していく様や、珊瑚と母親との確執も、本作には深く描かれています。
ただ、読者である私が、子どもと母親の関係について深く考えるのが辛くて感想としては書けませんでした。
子どもは、こんなにも母親を求めている。そのことは哀れで、悲しかった。親であることも、同じように悲しかった。
私はこの言葉がぐさりと刺さりました。
反対に、赤ん坊が日々成長していく様を読んで楽しい、喜ばしい、と自然に思える方には、この本は幸せをもって読めると思います。
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