書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『この本を盗む者は』深緑野分 | 【感想・ネタバレなし】 本を読むという永遠の呪いにかけられた人間が一度は読むべき物語

今日読んだのは、 深緑野分『この本を盗む者は』です。

2021年本屋大賞では10位でしたね。

著者の深緑野分はこれまで何度か直木賞候補、本屋大賞候補に挙げられている新進気鋭の作家です。

では、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

本の町・読長町の名士・御倉嘉市を曾祖父に持つ深冬(みふゆ)は本が嫌いな女子高生。御倉一族の巨大な蔵書館・御倉館は過去の盗難事件から外部の人間に閉ざされており、一族以外は立ち入ることができない。ある日、本が盗まれ深冬の祖母・たまきの呪いが発動する。''この本を盗むものは、魔術的幻術主義の旗に追われる''
呪いにより町は本の世界へと変容する。町を戻すためは、深冬は物語の世界を奔走する。

おすすめポイント 

本が好きな人ほど、細工にくすりと笑えて楽しい本です。

 

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

著者について

深緑野分といえば、ものを書く人と猫との関係をドキュメントする、NHKの番組「ネコメンタリー 猫も、杓子も」にも出演していましたね。

しおりとこぐちという如何にも小説家らしい命名をしていたことが印象的でした。

www.nhk.jp

本が好きな人ほど楽しいファンタジー

作風としては、森見登美彦熱帯』に雰囲気が少し似ているな、と感じました。

どちらも、本が好きな人ほど面白い話です。

本書では、女子高生・深冬(みふゆ)が物語の世界に変容した町を本盗人を捕まえるため奔走します。

第一話では、魔術的幻術主義、マジックリアリズム、、第二話ではハード・ボイルド、第三話はスチームパンク、と実際の本のジャンルへ町が変化するのが、本好きとしては楽しいです。

舞台となる読長町と町一番の蔵書館・御倉館の主・御倉一族の来歴を語る冒頭は、わざとマジックリアリズム風に書いていますし、第一話の呪いの発動のもととなる本「繁茂村の兄弟」なんて、そのまま「百年の孤独」の舞台・マコンドの言い換えですよね。

こういった細工にくすくすしながら読みすすめると、次々とたたみかけてくる不思議な出来事と、主人公・深冬のハラハラする冒険にのめりこんでいってしまいます。

本は誰のものか

御倉館から本が盗まれると、町は本の世界に引き摺り込まれ、本盗人は何故か狐になり、捕まえなければ、町の住人もどんどん狐になってしまう、という奇天烈な呪いは、深冬の祖母・たまきがかけたものです。

そして主人公である深冬自身はそれほど本が好きではありません。

本書の登場人物の本に対する態度は実に様々です。

・曾祖父・嘉市:読むことを愛し、読書体験を人と共有することも好む

・祖母・たまき:所有することに執着し、読書体験を人と共有することを拒む。

・父・あゆむ:読む他に、小説を書くこともする

・叔母:ひるね:ただひたすら読むことしかしない

また、読長町には古本屋、Bookカフェ、絵本専門店など多種多様の本好きが集まる町です。

それにも関わらず、町一番の蔵書館である御倉館は祖母・たまきの代以降、一族以外の人間を締め出し独占しています。

御倉館の蔵書は御倉一族の所有物なので、貸出を許可するかは所有者の自由なのですが、深冬はそんな状態を窮屈に感じているふしがあります。

本は一体誰のものなのか。著者か、購入した所有者か、読者か。それとも、本が読む人を選ぶのか。

所有に執着し、他の者に閲覧を許さない祖母・たまきに呪いをかけられたのは、町と人間だけでなく、読んでもらえない本たちでもあります。

御倉館にある膨大な蔵書は呪いを解かれ、より多くの人に読まれることを望んでいるに違いない、と私は思います。

本書は、深冬が呪いを解き、本とそれを愛する人の自由を取り戻す解放の物語です。

そして、本を読むという永遠の呪いにかかった私たち愛書家には、希望の物語でありながら、同時に戒めの物語でもあります。

本を愛する人よ! 本は読まれるためにある! 盗むなかれ! 独占するなかれ!

今回ご紹介した本はこちら