『少年の名はジルベール』竹宮惠子 | 【感想】少女漫画の常識を覆した革命家的漫画家の自伝的エッセイ
今日読んだのは、 伝説的少女漫画家・竹宮惠子の自伝的エッセイ『少年の名はジルベール』です。
竹宮惠子は「花の24年組」と呼ばれる、1970年代に少女漫画界に革命を起こした漫画家集団の一人で、『ファラオの墓』『地球へ』などのベストセラーを残しています。
特にタイトルにもなっている美少年ジルベールが登場する『風と木の詩』は、当時、タブー視されていた少年同士の恋愛物語(今で言うBL)の扉をバーン!と開けた著者のライフワークともいえる作品です。
本書には、そんな著者のデビューからベストセラーの創作秘話まで、創作にかけた人生を余すことなく書いた必読の自伝です。
あらすじ
おすすめポイント
文体が平易で読みやすく、偉大な少女漫画家である著者が、一人の若者として時代を生きたことに胸が熱くなります。
萩尾望都との同居と生涯のブレーンとの出会い
萩尾望都と竹宮惠子がアパートで同居していた、といことを私は恥ずかしながら知りませんでした。
2人とも今から見ると伝説級の存在なのですが、当時の著者から見た萩尾望都は物静かながら天才肌という感じで、そこにプレッシャーを感じていたという事実が興味深かったです。
当時の担当編集Yさんが仕切る『別冊少女コミック』では「何ページであろうと、萩尾には自由に描かせる。ページ数が少なかろうと、多かろうが、とにかく毎月、萩尾だけは載せる」という方針をたてていたというのですから驚きです。
また、著者はこの時期、長く自身のブレーンとなる増山さんという盟友とも出会っています。
増山さん自身は創作はしないものの、資産家の令嬢故、眼が非常に肥えており、萩尾望都も著者も、ネームができたらまず彼女に見せにいったというのですから、その審美眼は卓越したものだったのでしょう。
しかし、その増山さんの「ダメ出し」ぶりのすさまじさたるや。
たとえば彼女はこんな言い方をする。
「何考えてんの? ちょっと死んだほうがいいよ。こんな作品描いて、どうしてのうのうと生きていられるの? あなた、恥ずかしくない?」
一字一句、間違いなく、彼女はこう言ったのである。
こんなこと言われたら、私は即死にます。
また『ファラオの墓』の創作ヒントを与えたのも彼女だったといいます。
創作こそしなかったものの、この厳しさと芸術的知識・審美眼で著者を支えた増山さんがこのエッセイ中で一番、強烈に頭に残りました。
当時の少女漫画界から見れる男性優位社会
当時の少女漫画を取り巻く''現実''を描いている点でも本書は興味深いです。
''少女''漫画という基本的に少女を対象とするコンテンツにも関わらず、当初の少女漫画界を支配していたのは、圧倒的に男性優位社会でした。
まず、原稿料と印税の問題。
原稿料一枚の単価が、男性作家より女性作家のほうが安く、単行本の印税も何故か女性作家のほうが低いことがあったといいます。
また表現の問題。
これは出版社に限ったことではないでしょうが、当時の大手出版社では女性社員をほとんど採用しなかったそうです。
男性社員が圧倒的多数の編集部では、女性の気持ちに寄り添うような作品が生まれにくいのでは、と著者は違和感を感じていたようです。
それにしても、出版社や編集者都合の自己規制や、そのとき人気がある典型的な表現を強いられることが多かった。また''少女''というキャラクターに対して、天真爛漫で可愛くさえあればよいという期待しかなく、それは無用な差別と私は感じた。
しかし、そこは竹宮惠子、ただで黙ってはいません。
原稿料について堂々と編集者に直談判しに行く場面は、ハラハラしながらもスカッとするものがあります。
『風と木の詩』の出版秘話
『風と木の詩』は当時タブーであった少年愛、今で言うとBLの先駆けとなった伝説的少女漫画で、母の蔵書にあったこの漫画を私は小学生くらいで読んでおり、そのショッキングなストーリーと、ジルベールの悪魔的美貌に脳みそがぐらつくほどの衝撃を受けました。
不道徳なシーンも多く、普通、小学生が読むような漫画ではありません。
そういえば、母は山岸凉子の『日出処の天子』も普通に子どもの手の届く所に置いていたりして、今思うと変わった親だったなあ、と思います。
そして、この『風と木の詩』が連載されるまでには、長い闘いがあります。
「少女マンガなんだから、当然、主人公は女の子だろうよ。」
「男の子と男の子の微妙な友情って、いったい何なんだよ。ボツだ! ボツ!」
そしてついに辿り着いた一つの条件、アンケートで1位が取れるような作品が描ければ、『風と木の詩』を載せてもらえる。
その編集者の言葉を信じた著者が書き始めたのがベストセラー『ファラオの墓』でした。
はじめは『風と木の詩』を連載するために書き始めたこの漫画から、自分で物語をコントロールできる段階に至ることができ、徐々に作品を創る喜びを知ることができたたといいます。
そして、(アンケートで1位は取れなかったものの)つかみとった『風と木の詩』の連載。
ここに至るまでの過程そのものが物語のように熱く、心が揺さぶられます!
また、最後の単行本が出版されるにあたっての編集者Yさんとの大喧嘩はこの自伝の山場の一つです。
とはいっても、喧嘩ができるのは、著者も編集者Yさんも仕事に対し己の信念があるからで、信念ある喧嘩だからこそ、こうして自伝に載せることもできたのでしょう。
これだけ人と大喧嘩するほど、自負を持って仕事をしたことがあったかな、と反省してしまいました。
今回ご紹介した本はこちら
こちらの作品もおすすめ
1970年代に美内すずえ・山岸凉子などをアシスタントした貴重な経験を綴るエッセイ漫画