『夢見る帝国図書館』中島京子 | 【感想】ゆめみるものたちの楽園 真理がわれらを自由にするところ
本好きなら、思わず手にとってしまいたくなるタイトルです。
日本ではじめての図書館の歴史がユーモラスにしかし緻密な取材に基づく確かな説得力で描かれ、同時に戦後を生き抜いた喜和子さんの不思議の謎が推理小説のように語られます。
そしてそれらが、平成を生きる作家の''わたし''のなかで結びついていき、それを読むものの胸にもあたたかな感動をもたらしてくれました。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
福沢諭吉の提言により誕生し、文豪らの訪れを見守り、樋口一葉に恋し、そして幾度も戦争に翻弄された帝国図書館の歴史。
そして、喜和子さんがおくった数奇な人生の謎を''わたし''は追う。
おすすめポイント
図書館と本を愛する人に贈られた物語です。
図書館という場所への認識がより深化し、一層愛着が湧いてきます。
女性の生き方や、家族の在り方、マイノリティの方々をあたたかい眼差しで描いています。
本書の構成
本書『夢見る帝国図書館』の構成はちょっと入り組んでいます。
まず、作家である''わたし''と上野の図書館をこよなく風変わりな女性・喜和子さんとの交友。
そして、日本で最初の図書館である上野の図書館を巡るエピソードを語る『夢見る帝国図書館』と題する文書。
喜和子さんの死後、''わたし''が追う喜和子さんが生きた数奇な人生の謎。
この3つの物語が並行して語られ、戦後を生きた喜和子さんの人生と、明治に発足した図書館の物語は、平成を生きる''わたし''のなかで結びついてきます。
喜和子さんの人生
"わたし"は、喜和子さんが生前に語った話や、喜和子さんが探していたという「としょかんのこじ」という絵本の存在、喜和子さんの死の前後出会った様々な人から、喜和子さんがおくった数奇な人生を追いかけていきます。
それはまるで喜和子さんという謎を追う推理小説のようです。
戦後、駅で迷子になって上野のバラックに青年2人の暮らしていたという不思議な話。
親戚の間を転々としてたという幼少期。
宮崎での封建的で窮屈な結婚生活から逃げ出してきて上野に戻ってきたこと。
愛人だったという元大学教授や、本を通じて知り合ったというホームレスの彼氏、喜和子さんの家の二階で下宿をしていた藝大生、折り合いの悪い娘や、さらに孫娘、喜和子さんの人生を彩る様々な人の話から、自由であろうと闘い続けた喜和子さんの人生が紐解かれていきます。
図書館と喜和子さんの物語
『夢見る帝国図書館』と題された日本ではじめての図書館の物語は、その仰々しいタイトルとは裏腹に、ユーモラスに語られます。
明治、当時盛況だった博覧会に本を持っていかれ、地団太を踏む永井荷風の父で文部省官吏だった・久一郎の姿。
そして、図書館がこよなく愛したという樋口一葉。
しかし、印象的なのは、図書館の歴史は、戦争にお金を奪われ続けた歴史だということでしょう。
日中戦争、太平洋戦争、戦争が起こるたびに戦費が図書館のお金を奪ってしまう。お金がなければ図書館の増築もできないし、本も買えません。
しかも、日中戦争がはじまると、帝国図書館は検閲により発禁処分を受けた本を収容する役目を負います。
自分たちはどうなるのだろう、いつか読まれる日が来るのだろうか、と困惑する本たちの会話がさしはさまれ、戦局の悪化を国民に知らしめないためにという理由だけで殺された動物園の動物たちの悲痛な死が提示され、読者は、戦争がいかに多くのものを奪ったかを、喜和子さんの人生に重ね、痛嘆します。
しかし、関東大震災で蔵書を焼失し、度重なる戦争で建物の増築も中止、過度な検閲、戦局の悪化により軍需工場にまでされ、それでも、まるでそれ自体意思を持つかのように生き延びた図書館と本の物語と、戦後の混乱期と封建社会のなかを、女性として自分に自由に生きようともがいた喜和子さんの人生は、''わたし''のなかで、力強く結びついていきます。
図書館とは本とは我々にとってどういうものなのか。
それを、著者は喜和子さんが幼少期同居した青年が書いた詩を借りて、言い表しています。
とびらはひらく
おやのない子に
脚を失った兵士に
ゆきばのない老婆に
陽気な半陰陽たちに
怒りをたたえた野生の熊に
悲しい瞳をもつ南洋生まれの象に
あれは
火星をロケットに乗る飛行士たち
火を囲むことを覚えた古代人たち
それは
ゆめみるものたちの楽園
真理がわれらを自由にするところ
国立国会図書館法の前文には使命として以下のように記されています。
「真理がわれらを自由にするという確信に立つて、憲法の誓約する日本の民主化と世界平和とに寄与することを使命として、ここに設立される。」
「真理がわれらを自由にする」
新約聖書に記された一文をもとに記されたこの銘文は、ギリシャ語と日本語で国立国会図書館カウンター上部に刻まれています。
苦しい時代と人生を歩みながら、それでも明日を夢見るものたちの自由の楽園。
図書館という場所への愛を一層深める物語でした。
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