書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『アンダーグラウンド・マーケット』藤井太洋 | 【感想】仮想通貨が創る巨大な地下経済圏に生きるフリーな若者たち、あったかもしれない今が描かれる近未来小説

今日読んだのは、 藤井太洋アンダーグラウンド・マーケット』です。

ちょっと前に読んだ短編集『ハロー・ワールド』が楽しかったので、こちらも読んでみました。

本書『アンダーグラウンド・マーケット』が書かれたのは2013~2014年、舞台は、オリンピックを2年後に控えた2018年、今このブログを書いているのが2021年なので、追い越してしまったわけなのですが、あ、こんな未来になってたかも、と思わせられました。

ただ、私がIT系の素養ゼロ人間なので、本書に描かれている話の6割は理解できているか怪しいです。

それでも、手に汗を握る読書体験をさせられるのですから、すごいです。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

 2018年の日本、引き上げられた税金、大量の移民流入は、経済圏を、円が支配する「表」の経済圏と、課税されない仮想通貨N円に支えられた「裏」の経済圏の二つに分断していた。Webエンジニア・木谷巧は企業に属さず、国の福利厚生に守られない「裏」の経済圏で生きざるを得ない"フリービー"と呼ばれる存在の一人。木谷は、同じく”フリービー”でデザイナーの鎌田、Webエンジニアの恵らと、とあるWebショップ構築を引き受けるが、それは表と裏、二つの巨大経済圏を巡る陰謀に巻き込まれる合図だった。

 おすすめポイント 

ITのこと、仮想通貨のこと、ちんぷんかんぷんという(私のような)人でも、手に汗握るスリルを楽しめます。

階級社会の底辺を自らのスキルで切り開いて生きている主人公らの姿に、自分の今の姿を重ねる人も多いのではないでしょうか。

 

注意! ここからネタバレします

あったかもしれない今

この小説を読み始めたとき、喉もとに刃を当てられたように、ひやりとしました。

ここに書かれている話は、N円や移民流入も、ほとんどが想像の出来事ですが、こうなってもおかしくはない、と思わせる説得力があります。

引き上げられた税金により、まともに企業に属していなければ、社会保障も受けられない社会。

五か国語を話せようが、どんな高い技術を持っていようと、移民を"安い労働力"としかみなさない日本という閉じられた国。

オリンピックを誘致するために承諾した大量の流入移民と格差社会は、課税されない仮想通貨N円の浸透を急激にすすめ、やがて巨大なアンダーグラウンドマーケットが誕生します。

ここまで、極端ではありませんが、現実の2021年も、この小説の世界とそう変わりません。

企業に属していられる人、フリーで稼ぐ人、今日一日を生きるために働かねばならない人、もはや働き方や生き方を画一的に語る言葉は消滅してしまったことは、多くの人が認めるところでしょう。

主人公たちの二つの経済圏を巡る冒険

格安アパートを転々とし、無課税のN円が支配する「裏」の経済圏で生きる”フリービー”の主人公・木谷は、Webエンジニアとして、中小企業の取引にN円を取り入れる改造の仕事で日銭を稼いでいます。

相棒は写真が得意なデザイナーで”フリービー”としての生き方に精通した鎌田。

そして、ある通販サイトの改造の際に出会った、色彩センスは壊滅的なものの、高いコーディング能力と気骨を持つ女性エンジニア・恵。

この3人は、とあるWebサイトの改造を受注しますが、そこには、N円の取引を日本側で管理したい、というある陰謀が隠されていました。

自由な通貨としてのN円の汚染を食い止めるべく、3人は、Webサイトに埋め込まれた不正なコードを探り、同時にN円を運営する中華系企業『アイペイペイ』の本社を目指します。

スリリングでスピーディーな展開と魅力的なキャラクター

東京から動かず、ほとんどがPCの中の取引に関する物語に関わらず、本書の展開はスリリングでそして何より話が”早い”。

木谷と仲間たちの言動は、日本的な慣習や空気を読む的な無駄が無く、そういった旧い慣習に親しんでいる斎藤と対比して書かれることで、よりその”早さ”に快感が生まれています。

とくに、主人公・木谷を食う勢いで個性的な女性エンジニア・恵が私は好きです。

大企業に務めるほどの技術力を持ちながら、信念のために立場を捨てる気骨を持ち、気に入らないとすぐ安全靴で人を蹴飛ばそうとする気性の荒さ。

女性として、私もこうありたいです!

この木谷・鎌田・恵のトリオを主人公にまた連作短編を書いてくれないかな~、書いてほしいな~。

今回ご紹介した本はこちら

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