書にいたる病

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『僕たちの正義』平沼正樹 | 【感想・ネタバレ】死んで当然の人間は存在するのか、一人の少女の死から溢れる人間の闇とは

今回ご紹介するのは、 平沼正樹『僕たちの正義』です

著者の平沼正樹さんは、小説の執筆と共にアニメーションスタジオの経営もされている方ということです。すごい方ですね。

臨床心理士というお仕事を扱った心理学ミステリーという呼び込みに誘われ、読んでみました。

タイトル通り、それぞれの正義、倫理観を今一度問われるような一冊でした。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

10年前、恋人であり初めてのクライエントであった沙耶が自殺した経験を持つ臨床心理士の悠木文月のもとに、彼女の妹・真砂が不意に訪れる。彼女は沙耶の育ての親である叔父の掛井の不可解な死を告げ、沙耶が文月に遺したある物を手渡す。
沙耶の自殺の原因となった掛井の死をきっかけに、10年前の事件の闇が再び文月を取り巻く。

 おすすめポイント 

臨床心理士という外からは分かりにくい職業の内実が分かりやすく書かれています。

心理学の細かい用語等も丁寧に解説してあり、勉強にもなりました。

死んでもよい人間はいるのか、殺してもよい人間は存在するか、読む者の倫理観が試される一冊です。

 

注意! ここからネタバレします

10年前の出会いと、ある事件の真相

正直に書くと、読後感最悪な一冊でした。

というか途中、何度も気持ち悪くなり読むのをやめようかとも思いました。

決して本書の出来が悪いとかそういうことではなく、登場人物の一人が行う虐待行為や発言が生々しく、非常に不快だからです。

主人公である文月は、大学の臨床心理センターに務める非常勤の臨床心理士で、学生時代、初めてのクライエントになった掛井沙耶に自殺されるというショッキングな経験をしています。

文月は沙耶とのカウンセリングを重ねるうち、恋に落ちますが、沙耶は叔父で育ての親である掛井に日常的に性的虐待を受けていました。

この掛井という男の気持ち悪さが本書を不快にしている要因です。

沙耶が自殺してから10年後、文月のもとに沙耶の生き別れの妹・真砂が訪ねてきます。

彼女が文月に告げたのは、掛井が沙耶と同じ死に方で死んだということ、そして、沙耶が文月宛に自分と文月の名前を記した婚姻届けを遺していた、ということです。

この出来事を皮切りに、10年前から止まっていた文月の時間が動き出します。

学生時代の友人で同業者の一ノ瀬から、生前の掛井のカウンセリングを行っていたことが明かされ、掛井の自殺に疑いを持つ警察官・荻堂が文月を訪ねてきます。

掛井の死は、自殺だったのか事故死だったのか、臨床心理士である一ノ瀬らが誘導した結果の自殺だったのか、謎を追うようにページを繰り続けると、10年前のある夜に起きた決定的な分岐点が立ち現れます。

10年前、沙耶は掛井の子どもを身籠り、直後、文月は掛井を衝動的に殺害しかけますが、それを一ノ瀬に止められます。その後、沙耶は自殺したのでした。

文月は、あの時、掛井を殺していれば、沙耶を失うことはなかったかもしれないという傷を抱え続け、一ノ瀬は、その後、偶然にも、掛井のカウンセリングを引き受けることになったことで、あの時止めるべきではなかったという後悔を重ねることになります。

そして、終に、一ノ瀬は沙耶の妹である真砂と共謀し、掛井を心理的に自殺に誘導するという手段に出ます。

これが掛井の死の真相です。

許す必要のない人間とは

読者はここで、本書が投げかける大きな問いの前に投げ出されます。

それは、”死んだほうがいい人間は存在するか?” という問いです。

保護者である立場を悪用し、性的虐待を繰り返した挙句、自殺に追いやり、死後も束縛を続ける掛井は、一ノ瀬らが断じる通り、"死んで当然の人間"だったのでしょうか。

冒頭でも書いた通り、掛井というの言動が生々しく非常に不快に描写されているせいで、読者は自分の倫理観とこの不快な男との間で葛藤を余儀なくされます。

ドラマ「相棒」の右京さんとかであったら、即座に、掛井のような人間相手でも殺人は許されないと答えてくれそうなのですが、たいていの人は右京さんほど、強くないので、この問いの前に沈黙せざるを得ないのではないでしょうか。

そして、ラストに、掛井の他に、もう一人、"死んで当然の人間"と名指しされる人物とそれにまつわるエピソードが披露されます。

それまで、本書のなかで、別枠的に明るく太陽なような存在であった彼女から発される「許す必要のない人間もいる」という言葉に、読者は圧迫されます。

本書では、深く傷ついた人間ばかり登場しますが、彼ら彼女らは自分の重い傷を語る際、涙をこぼしません。

涙するのは、それを聞いた人間、受け取る側です。

もしかしたら、人は、自分の代わりに泣いてもらうために、他者を求めるのかもしれない、本書を読み終わった後、そんな風に私は思いました。

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