書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『西洋菓子店プティ・フール』千早茜 | 【感想】日常は甘いことだけじゃない、でも、スイーツはいつも寄り添ってくれる

今日読んだのは、 千早茜西洋菓子店プティ・フール』です。

著者の千早茜さんは、デビュー作の『魚神』を読んで以来、手に取る機会が無かったのですが、いかにも美味しそうなタイトルにふらふらとつられて読んでしまいました。

舞台は、東京下町の昔ながらのケーキ屋さん。

頑固で人情家のじいちゃんシェフとその孫の亜樹を中心に、スイーツを巡る、甘く酸っぱく、時に苦い人々の営みを綴る連作短編です。

タイトルから、可愛く甘い物語を想像していたのですが、もどかしい人間模様にもだもだするし、登場するお菓子の描写はどこか官能的ですらあります。

でも、最後はちゃんとほんわか温かな気持ちに包まれます。

巻末には、新進気鋭のパティシエール・岩柳麻子さんとの対談も収められていて、執筆時の裏話などが書かれていて、興味深かったです。

ちなみに岩柳麻子さんのお店はこちら。ほとんどSOLD OUT……。人気なんですねえ。

PÂTISSERIE ASAKO IWAYANAGI

では、あらすじと感想を書いていきます

あらすじ

東京下町の昔ながらのケーキ屋さん『西洋菓子店プティ・フール』を舞台に繰り広げられる六つの連作短編。
スイーツは必需品ではないけれど、人の心を溶かし、ほっと肩の力を抜かせてくれる。

おすすめポイント 

美味しいスイーツで全部解決!みたいな話ではなく、それぞれの人物の弱さや強さが、心の中の課題を乗り越えていくので、どの人物にも共感が持てます。

パティシエはもちろんですが、他の登場人物の職業(ネイリスト・紅茶専門の喫茶店・弁護士)の様子も細部までリアルに描かれています。

スイーツの描写が生々しいほどで、ダイエット中の方は避けた方がいいです。

 

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

登場人物

本書はそれぞれのお菓子に関係した名前を冠した六つの連作短編で構成され、それぞれの登場人物が主人公を務めます。

以下、それぞれの、短編のタイトルの意味と主人公を紹介します

グロゼイユ(Groseille)
タイトルの意味:赤すぐり
下町の菓子店『西洋菓子店プティ・フール』のじいちゃんの孫娘で、若きパティシエールの亜樹が主人公。
中学校時代の親友・珠香との思い出が、鮮烈で官能的な手触りで描かれます。
ヴァニーユ(Vanille)
タイトルの意味:バニラ
亜樹の前に勤めていた菓子店の後輩スタッフ・澄孝が主人公。
亜樹に片思いしながらも踏み出せず、自分に心を寄せる美波(ミナ)との曖昧な関係を断ち切る勇気もない、そんなもだもだした日々を、じいちゃんの一言が清々しく吹っ飛ばします。
カラメル(Caramel)
タイトルの意味:カラメル
夫の不倫に悩む主婦・美佐江が主人公。
不倫相手のSNSを一日中チェックし、シュークリームを大量に摂取しては吐く、という病的な行為を繰り返します。
"嗜好品ははけ口になりやすい"、という言葉が印象的な短編です。
ロゼ(Rosé)
タイトルの意味:薔薇
澄孝(スミ)に片思い中のネイリスト・美波(ミナ)が主人公。
亜樹への想いを知っていても、仕事が思うようにいかなくても諦めない、女の子の強さを感じさせる短編です。
ショコラ(Chocolat
タイトルの意味:チョコレート
亜樹の婚約者で弁護士の祐介が主人公。
これまで、クールで超然とした印象の亜樹の弱い部分が露呈します。
タイトルはチョコレートですが、シュークリームが異常に食べたくなります。
クレーム(Créme)
タイトルの意味:クリーム
再度、亜樹の視点に戻ります。
祐介に結婚に待ったをかけられた亜樹が、自分の弱さとどう向き合っていくのかが焦点となります。また、じいちゃんのある秘密も明らかになります。
 

スイーツが語る個性

本書には和洋含め多くのスイーツが登場しますが、それぞれの味や個性で、登場人物の個性を見事に表現しています。
亜樹のつくるシュークリームは注文してからクリームを入れる、さくさくの生地が売りで、他のお菓子もスパイスや洋酒を効かせた重く伝統的なレシピが特徴です。
これに対し、じいちゃんのシュークリームで柔らかい生地で、ショートケーキも苺と生クリームの昔ながらのレシピ、プリンも卵の風味が前面に出た優しい印象です。
亜樹の後輩・澄孝が考案するレシピは亜樹と同様、伝統路線ながらフレッシュな提案を盛り込もうと努力しています。
スイーツという基本的に「甘い」食べ物でここまで繊細で個性的な描写ができるのか、と驚きました。

じいちゃんの魅力

また、昔ながらの下町の菓子店を守るじいちゃんの言葉は、どれもはっとさせられます。
「女を昂奮させない菓子は菓子じゃねえ」・・・ヴァニーユ(Vanille)
「嗜好品ってのは、はけ口の対象になりやすい。けれどね、どんな食べ物も口にする人の幸せを願って作られているんです。だから、楽しく味わってやって欲しい」・・・カラメル(Caramel)
「甘さっていうのはな、人を溶かすんだよ。ほっと肩の力を抜けさせる。」・・・クレーム(Créme)

ミナの女性としての強さと魅力

私は登場人物の中で、澄孝(スミ)に片思いしているネイリストの美波(ミナ)に一番好きです。
おしゃれは我慢と割り切って、服やネイルなどのファッションに時間とお金をつぎこむ、一見、フツーの今どきの映え意識女子です。
しかし、彼女がネイリストという仕事にかける誇りと誠実さは本物で、もっと顧客のためになる仕事がしたい、と望む姿に、根っこのところの芯の強さと素直さが感じられます。
澄孝(スミ)への想いが片思いであることも十分理解していますし、スイーツもファッションも嗜好品で、いつかは無くなってしまうことも彼女は分かっています。
でも、カワイイを追求すること(=自分の個性)も諦めないし、不毛と分かっている恋も諦めない、女の子の強さを体現するような彼女の姿に、つい応援したくなってしまいました。
でも、自分自身に一番近いのは、「カラメル(Caramel)」の主婦の美佐江かな、と思います……。

今回ご紹介した本はこちら

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