書にいたる病

ものがたり大好き主婦の読書記録

『白鯨 MOBY-DICK』夢枕獏 | 【感想・ネタバレなし】ジョン万次郎が拾われた船が"あの船"だったら…史実と文学、歴史と虚構が交錯する巨編

今回ご紹介するのは、 夢枕獏白鯨 MOBY-DICK』です。

もはや説明不要の大作家ですが、私にとっては青春時代に読みこんだ陰陽師のイメージが強いです。

刊行されたのは1980年代ですが、なんと、2020年に中国のグオ・ジンミン監督によって映画化されていて、Netflixで配信されています。

About Netflix - 「陰陽師: とこしえの夢」がNetflixで配信

かなり、アレンジされていますが、中国映画独特の豪華絢爛な舞台や衣装、もったいぶったテンションなど、これはこれでかなり面白かったです。

対して、ハーマン・メルヴィル著『白鯨』は、言わずと知れたアメリカ文学の巨作。

そして、主人公のジョン万次郎は、江戸自体の実在の人物で、土佐から4人の仲間と共に漁船で出港後、遭難、無人島に漂着して143日間を生き抜き、アメリカ船籍の捕鯨船ジョン・ハウランド号に救助された人物です。

希代のファンタジー作家×『白鯨』×ジョン万次郎、どんな化学変化が起きるのか読む前からドキドキしてしまいました。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

土佐の中浜村に生まれた漁師の息子・万次郎は、山一つ向こうの土地・窪津で行われる鯨漁に魅せられ、その地で"化け鯨の半九郎"と疎まれる老人から、その昔、瀬戸内に現れた巨大な白い鯨の話を聞く。
やがて、14歳となった万次郎は、4人の仲間たちと共に出港し、不意の強風で遭難してしまう。無人島に漂着した5人は、乏しい食料と水の中、生き延びるが、ひょんなことから、万次郎は再び海に流されてしまう。
その万次郎を拾ったのが、米国籍の捕鯨船かの"ピークコッド号"だった。船長のエイハブは、片脚を白鯨"モービィ・ディック"に食いちぎられ、復讐の狂気に取りつかれていた。そして、その狂気は万次郎と船員たちをも呑み込んでいく。

 おすすめポイント 

史実であるジョン万次郎の物語と、文学である『白鯨』を巧みに融合している点がすごいです。 

片脚の船長・エイハブの強烈なキャラクターとその狂気にただただ圧倒され、鯨という偉大な生き物に立ち向かう鯨漁師たちの狂熱が紙のページを超えて、現実にまで伝播してくるような、もの凄い物語でした。

 

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

史実と文学の奇跡的な融合

これは発想の勝利!というところなのですが、万次郎が実際に遭難し、捕鯨船に救助されたのが1841年、『白鯨』の著者・ハーマン・メルヴィルが実際に捕鯨船の乗組員となったのが1840年、ほぼ同時期です。

史実では、万次郎は4人の仲間と共に過酷な無人島生活を生き抜き、捕鯨船ジョン・ハウランド号に救助されたことになっていますが、本書では、無人島漂着後、万次郎は流された半九郎老人の形見の銛を追って、一人海に飛び込んでしまい、漂流した末に、本家『白鯨』の舞台である捕鯨船"ピークコッド号"に拾われる、というストーリーになっています。

万次郎自体は鯨漁師ではありませんが、万次郎の故郷・土佐の中浜村と足摺岬の対岸にあたる窪津では伝統的に捕鯨が行われており、万次郎がそれに興味を持ち歩いて見に行った、という筋書きにも説得力があります。

また、話が進んでいくと分かるのですが、ピークコッド号での万次郎の立ち位置は、ある人物と入れ替わる形になっています。

これは万次郎が加わることで本家『白鯨』の大筋に矛盾を持たせないためでもあり、その人物は一体どうなったのか、という一種のミステリ的要素も盛り込まれています。

本家『白鯨』を読んでたほうが楽しめることは間違いないですが、本家『白鯨』や『ジョン萬次郎漂流記』を全然読んでないよ、という方でも、本書が放つ圧倒的な熱量には、ずるずる引きずりこまれること間違いなしです。

ちなみに私は本家『白鯨』も『ジョン萬次郎漂流記』も小学生時代に子供向けの簡易版を読んだだけです。お恥ずかしい……。

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愚者となる権利

本書に登場する白鯨"モービィ・ディック"はあまりにも巨大な存在です。

その姿を見た窪津の半九郎老人やエイハブ船長はその狂気に取り憑かれてしまいます。

自然対人間、復讐と憎しみという単純な図式では語りえない熱がそこにはあります。

あまりに大きすぎる存在に戦いを挑み続けるエイハブ船長の生き方は、象に蟻が戦いを挑むような愚かさがあります。

自然という大いなる存在に人が出会ったとき出来ることは、畏敬の念をもって降伏するか、ただ震えて過ぎ去るのを待つか、その二つしかないのではないでしょうか。

しかしそれでも、エイハブ船長は昂然と言い放ちます。

「人にはな、最後の最後の、どんづまりのところで、たったひとつだけ権利があるのだ。それはな、愚かな道を選んで、自らを滅ぼす権利だ。神に唾する権利だ」

そして、生きる道をどう選べば良いのか、万次郎に示します。

「よいか、小僧よ。生き死にで、それを決めてはならぬ。金の多寡で、それを決めてはならぬ。」

自らを業火に投じる道をあえて進む船長の狂熱に、万次郎含めた船員らは意識的に、あるいは無意識に引きずられ、いつしか"モービィ・ディック"と対決する道を全員が選びとっていきます。

エイハブ船長の狂気、そして同じく白い化け鯨に生涯取り憑かれた半九郎老人の狂気がオーバーラップし、万次郎も立ちはだかる巨大な鯨を前に、同じ畏怖と狂気に身を投じます。

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永遠に語り続けられる神話

本家『白鯨』の主人公にあたる船員・イシュメールは万次郎に、自分はいつか作家になりたいのだ、と漏らします。

これは、明らかにイシュメール=メルヴィルという図式を意識したものでしょう。

イシュメールは、アメリカという神話を持たぬ国の神話たりうる、壮大な物語をつくりたい、と話します。

そして、それは、混沌に満ち、時に破壊的で、暴力的で、名付けられないものを内包した不完全な物語、だといいます。

そして、最期の時、エイハブ船長は叫びます。

「我らの物語は、終わらぬぞ。終わってたまるものか。我らの物語は、語り継がれねばならぬ。物語は、語り続けられねばならぬ。人ある限り、物語は終わらぬのだ。終わってたまるものか。たとえ、この海が涸れ、人が死に絶えようとも、我らの物語、虚空の風に吹かれて、消えることなく漂うのだ。小僧よ、ぬしが我らの物語を語り継ぐのだ。わしは、このままこやつと永遠の旅に出る。小僧よ、いつか、わが後を追うてこい、小僧よ、小僧……」 

その言葉の通り、イシュメール=メルヴィルが遺した『白鯨』はアメリカという新しき国の神話として屹立し、今日にいたっています。

そして、また夢枕獏という創造主により形を変え、物語は語り継がれました。

現実と虚構がないまぜになり、憎しみと愛が交錯し、名状しがたいものを内包したた不完全な物語・神話が新たに更新された瞬間を確かに目撃しました。

今回ご紹介した本はこちら

 

本家『白鯨』 上巻 八木敏雄訳はこちら

井伏鱒二『ジョン萬次郎漂流記』はこちら