書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『オービタル・クラウド』藤井太洋 | 【感想・ネタバレなし】スペーステロに日本のWebエンジニアが挑む、胸が熱くなるようなSF大作

今日読んだのは、 藤井太洋オービタル・クラウド』です。

短編集『ハロー・ワールド』を読んでから、すっかりはまってしまいました。

特に本書『オービタル・クラウド』は第46回星雲賞と第35回SF大賞を受賞している著者の代表作と言ってよいでしょう。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

著名な起業家・ロニー・スマークとその娘が民間宇宙ツアーのプロモーションのため宇宙船<ワイバーン>にて出港、国際宇宙ステーションI S Sと向かっていた。
同時期、日本で流れ星を予測するサービス「メテオ・ニュース」を運営するフリーランスのWebエンジニア・木村和海は、イラン北部から打ち上げられたロケット<サフィール3>から切り離さたロケット・ボディに不審な動きを発見する。
また、セーシェルの孤島で趣味の惑星撮影に勤しむ大富豪・オジーカニンガムも<サフィール3>の奇妙な動きを観測し、国際宇宙ステーションI S Sを狙った兵器である、というネット・ニュースとして配信、噂が広がりはじめる。
また、和海はイランの科学者から、宇宙ゴミデブリの謎に関する情報を受け取り、ITエンジニアの沼田明利と共にデータを解析し、驚くべき陰謀を発見する。
和海は、JAXA、CIA、北米航空団を巻き込む宇宙テロとの戦いを開始する。

おすすめポイント 

主人公の 木村和海の人柄に好感が持てます。これは大きいです。

基本的に優秀な人しか出てこないので、登場人物の誰かがへまをして、イライラさせられる、ということがありません。

宇宙やIT系の用語がたくさん出てきますが、分からない単語は読み飛ばしていっても結構面白く読めます。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

主人公の魅力 

藤井太洋作品の良さはまさにここにある、と私は信じているのですが、主人公・和海の一緒に仕事をする人に対する態度に好感が持てる!

CIAとの作戦のため、民間人であるオジーカニンガム(超金持ち)が所有する電波望遠鏡を借りなければいけない事態になりまするのですが、ここでCIAとオジーとの間ですこしもめます。

冷静なチームのリーダーであるCIAのクリスは、権力をチラつかせ、圧力をかけて電波望遠鏡の接収を狙いますが、オジーはそれに反発します。

そこで、和海がオジーに提案したことは、自分の運営する流れ星予測サイト「メテオ・ニュース」の株を提供すること、です。

「メテオ・ニュース」の株と、チームの作戦がどう関係あるんだ、という話ですが、これにより、オジーは和海の利害関係者ステークホルダーとなり、当事者として事件に関わることができるようになります。

利害関係を共有することで、チームに人を巻き込んでいく力、仲間を増やしていく力、そういう主人公を藤井太洋はよく描きます。

先日紹介した『アンダーグラウンド・マーケット』でも、東京を舞台に自分の技術で食べている主人公らは、何かもめ事が起きたときには、責任を折半し合います。

全責任を片方が負うことは、もうその相手とは仕事をしない、縁が切れる、ということを意味するからです。

リスクを共有することで当事者として戦うチームとなる、こういう人間同士の熱い展開が、クールでエッジの効いた近未来SFのなかで見せてくれるのが藤井太洋です。

複雑なプロットでも読みやすい

本書は複数の国の複数の人間が同時に動く複雑な構成を取ります。

・日本のフリーのWebエンジニアである和海と明利

・技術後進国のイランで研究を続ける科学者ジャムシェド・ジャハンジャ博士

・元JAXAの職員で北朝鮮工作員と行動を共にする白石

・北米航空宇宙防衛軍とCIAの動き

・民間宇宙旅行のプロモーション中の起業家とそのジャーナリストの娘

日本、アメリカ、イラン、北朝鮮、そして宇宙!

複数の国の複数の人物が、かつてないスペース・テロに対し、それぞれの思惑で行動します。

視点も章ごとに変わるので、あらすじを書くのが結構大変な作品なのですが、不思議と読みにくいとは感じませんでした。

宇宙ステーションの描写や明利の操るコンピュータの描写など、想像しにくい所は結構ありますが、それ以上に話の面白さと主人公・和海の個性で持っていかれてしまいました。

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個人の力では届かない場所

日本では普通にWebでなんでも検索できて、もうインターネットの無い生活は考えらませんし、今後の宇宙開発等も先進国が競争してやっていくのだと思います。

そんなとき、技術後進国である国々は、不利な立場に置かれるでしょう。そんな当たり前のことに気付かされる作品でもありました。

でも、世界を変えようと思っても、なんでも一人でやろうとすれば、いつか疲弊して潰れていってしまう。

和海の「一緒に来てください!」という叫びは、個人の力では届かない場所に、一緒に行こう、という理想への叫びなのかもしれません。

和海のように、仲間と共に歩める人格者であったなら、と自分を省みて、その才覚のなさに愕然とします。

今回ご紹介した本はこちら

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