『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』辻真先 | 【感想・ネタバレなし】東京と名古屋をまたがる殺人事件に昭和12年を生きる少年探偵が挑む
今日読んだのは、辻真先『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』です。
テレビアニメの脚本家としても著名な方で、推理小説かとしても多くのシリーズを持つ、まさに大家と言えます。
本書の続編『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』が『このミステリーがすごい! 2021年版 国内編』、『〈週刊文春〉2020ミステリーベスト10 国内部門』『〈ハヤカワ・ミステリマガジン〉ミステリが読みたい! 国内篇』において三冠を達成したことが話題となっていますね。
今回ご紹介するのは本書は、その前日譚と位置づけられています。
それでは、あらすじと感想を書いていきます
あらすじ
おすすめポイント
本格推理小説というだけでなく、昭和12年(1937年)という太平洋戦争前夜の習俗の描写を楽しむ小説です。
道を誤りつつある国家のなかで、登場人物一人一人がどう葛藤し、どう行動したか、深い人間ドラマが探偵小説と融合し昇華されています。
館ものであり、時刻表もの
本書を推理小説として読むと、館ものでもあり、今どき珍しい時刻表ミステリでもある、という豪華な内容になっています。
まず、一兵と蓮っ葉な女性記者・瑠璃子が名古屋で身を寄せるのは、帝国新報の社長の友人の伯爵・宗像昌清の邸宅です。
宗像昌清は世界中を旅した経験を持つ趣味人で、その粋をこらした
一兵と瑠璃子は。館の仕組みに目を白黒させます。
一方、本書が舞台の1937年には、 燕号という特急列車が東京ー神戸間をつないでおり、列車好きの一兵はその時刻表を暗記しているほどです。
この奇妙な館と燕号が東京と名古屋にまたがる殺人事件のキーワードとなります。
事件発生
事件は読者にとっては意外なことに 、主人公の一兵の目の前で起こりません。
伯爵・宗像の盟友で満州の大富豪・崔の妾・杏蓮が切断された両足が、銀座で発見されるという惨たらしい事件が発生、杏蓮の妹であり、銀座で燐寸ガールとして働く澪も拉致され、事件に巻き込まれてしまいます。
澪は一兵がほのかに想いを寄せる相手でもあります。
名古屋にいたはずの杏蓮の両足がなぜ東京で発見されたのか、杏蓮の胴体と頭はどこにいったのか、名古屋にいる一兵はその謎に挑みます。
満州事変前夜の日本の習俗
本書は昭和12年(1937年)当時の雰囲気を伝えてくれる小説です。
今となっては、満州国は、日本の傀儡政権で侵略行為ということになっていますが、当時を生きる一兵は、満州建国が白人の侵略から逃れ、亜細亜の平和を体現する王道楽土だと信じています。
五族協和(日・韓・満・蒙・漢)のために、満州国が建国されたと疑いません。
それ故に、中国侵略に軍部が阿片を利用していると知って驚愕したりもします。
また、澪は郷里の婚約者と共に、満州への移住を希望しており、そこに行けばより豊かになれると信じ、もとからそこに住んでいた農民たちのことに思いを馳せることができません。
一方で、杏蓮と澪と姉妹は、貧しさから身売りを余儀なくされ、東京に空襲が来れば木と紙で出来た街はひとたまりも無い、と発言した記者は会社を解雇、先の関東大震災では、朝鮮人が井戸に毒を入れたというデマにより、無実の朝鮮人が自警団に殺される事件が勃発します。
どこが五族協和だ、どこか豊かになるだ、という感じですが、じわじわ迫ってくる同調圧力が一兵らの目を曇らせてしまっています。
世界中を旅した伯爵・宗像はそんな彼らの姿を冷静に、そして哀しげに見つめています。
彼の盟友・崔桑炎は満州人であり、宗像と崔の友情は非常に危ういバランスの上で成り立っているのです。
国家というバケモノに、家族を友人を奪われた人々が、どう考え、どう行動したか、本書は人間の強さと弱さを同時に問う物語とも言えるでしょう。
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