書にいたる病

ものがたり大好き主婦の読書記録

『ひきなみ』千早茜 | 【感想】どれだけ傷めつけられても、脅かされないものがある

今回ご紹介するのは 、千早茜ひきなみ (角川書店単行本)』です。

初出は、「小説 野生時代」2019年11月号~2020年3月号、5月号~9月号で、

単行本は、2021年4月に発売されたばかりです。

タイトルの”ひきなみ”とは、海に船が通ったあとに立つ白波のことで、本書のなかでは、海にできる道、のような意味で使われています。

保守的な瀬戸内の島に預けられた少女時代に出会った親友との甘く苦い思い出が語られる第一部、と、女性であることの怒りと哀しみの行く末にある小さな光を描く第二部で構成されています。

それでは、あらすじと感想を書いていきます 

あらすじ

小学生最後の年、母方の祖父母に預けられた葉は、凛とした魅力を持つ真以と出会う。保守的な瀬戸内の島に上手く馴染めない葉と、祖母の代から受けついだ偏見にさらされる真以、二人の少女は深く繋がっていた。しかし、ある日、真以は島に現れた脱獄犯と共に島からいなくなってしまう。なぜ、真以は何も言ってくれなかったのか。裏切られたという想いを抱えたまま葉は大人になり、就職した会社で女性という理由でパワハラを受けている。そんなとき、偶然、真以が陶芸工房で働いていることを知り、訪ねていく。女性であるとの痛み、哀しみ、怒りにもがく二人の女性の辿り着く先にあるものとは。

おすすめポイント 

女性同士の友情という言葉では表現できない深い繋がりを持ったことがある方なら誰でも共感できると思います。

女性だけでなく、全ての属性に縛られる方にとって救いになる小説です。 

属性に縛りつけようとする力に抗う

二人の少女、葉と真以はそれぞれに違う理由で、"女"というレッテルに苦しめられています。

葉は、鬱傾向にある父親と父の面倒で手いっぱいの母親に捨てるように祖父母に預けられ、男尊女卑の風習が色濃く残る島の祖父に対しても苦手意識を感じています。

葉にとって男性とは、顔色を窺われることに慣れて、感情のままに振る舞うことを許された存在なのです。

しかし、葉はそれを不満に思いながらも、それに抵抗する力までは持ち合わせていない人間です。

対して真以の置かれた場所の苦しみはすさまじく、祖母が従軍慰安婦だったこと、母が踊り子をやっていることから、保守的な島の人間から蔑まれて育ちました。

しかし、彼女は、葉と違って、自分に害を為そうとする人間に容赦しません。

からかってくる男の子をコテンパンに叩きのめし、先生に怒られても涙一つ流しません。

「あいつら、自分たちと違う人間が気にさわるんだと思う。なんとしてでも損をさせなきゃいけないって思ってる」

しかし、超然としてるからといって、真以が傷ついていなかったわけではありません。

強い人間ではない自分と向き合う

私は、真以に似た子どもだった親は言います。

親に小さい頃の話を聞くと、「人の言うことに左右されない子だった」「超然とした子だった」というエピソードがたくさん出てきますが、当の本人は全然そんな意識はなく、自分のやること為すこと何故か集団に馴染まないので色々悩みながら今に至ります。

なので、超然として見えた真以が、脱獄犯と逃げた過去に抱く気持ちが、ほんの少しだけ分かるような気がします。

「わたしは不器用だから、進むしか、行動するしかないと思ってしまう。そして、かえってひどくしてしまう。そんなことがあったから、葉は捜せなかったよ」

膝を抱えて頭を埋める。くぐもった声が聞こえた。

「迷惑をかけてしまう気がして」

私が、葉が受けたようなハラスメントを少しだけ経験したことがあります。

私は、どちらかというと気性の荒い人間なので、すぐに殴り返しました。

仕返ししようとか、反撃しようとか、そういう意識も全くなく、ただ攻撃されたので反射的にやり返しました。

やり返した後どうしようなどとは、全く考えていなかったのですが、もちろんその後のあたりはますます強くなりました。

そのたびに正論を返し続けました。周りの人は大変だったと思います。

でも、そう行動してしまうのは、私が強いからでもなく、傷ついてないからでもなく、ただ真以のように”不器用”だからです。

葉のような人間なら、この後の関係が更に悪化したらとか、部署の雰囲気が悪くなったらとか、色々な思いがよぎるところで、何も考えられず、ただその時自分の正しいと思うことが口をついて出てしまうだけです。

私は、周囲からは強く見られながら、内心はしっかり傷ついていました。

幼い葉は真以のへの想いが自分の一方通行なのではと焦り、真以の抱える痛みにまで気付くことができません。それ故、逃亡後は、裏切られたという考えを捨てられずに大人になります。

父母には捨てられ、祖父母には心を開けず、唯一心を預けた親友も何も言わず自分のもとを去ってしまった。

葉は、自分を大切にすることができない大人になってしまいます。

パワハラを受け心身共に限界が近いにも関わらず、それにどこか無自覚で、そんな自分を諦めてしまっています。

しかし、真以との再会と、真以も自分と同じく深く傷いた人間なのだという事実に気付き、はじめて、ひどく扱われている自分と向き合います。

冒頭と対になるラスト

冒頭では、島の男の子にからかわれた葉を真以が助けるシーンから、二人の関係がはじまります。

そして、ついに、葉は真以のために、そして何より自分のために、はじめて人に立ち向かいます。

そんな、二人の関係は、カタチを変え、また続いていきます。

二人の乗る船が立てる白波が海の上で一つの道となり残る、生きることへの凛とした強さが静かな余韻を残す、素晴らしいラストでした。

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