『たかが殺人じゃないか (昭和24年の推理小説) 』辻真先 | 【感想・ネタバレなし】爽やかに蘇る少年少女らの戦後の青春のひと時と不可解な二つの殺人事件
今日読んだのは、辻真先『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』です。
『深夜の博覧会 (昭和12年の探偵小説)』に続く、昭和シリーズ第2弾です。
1作目に続き、今回も、那珂一兵が探偵役を務めます。ただし、一作目では漫画家を志す似顔絵描きだった少年は、戦争を乗り越えた大人の男性になっています。
1作目が太平洋戦争前夜のミステリだとしたら、今作は戦後のミステリ、と言えるでしょう。
また、本作は、『このミステリーがすごい! 2021年版 国内編』、『〈週刊文春〉2020ミステリーベスト10 国内部門』『〈ハヤカワ・ミステリマガジン〉ミステリが読みたい! 国内篇』において三冠を達成したことが話題沸騰中です。
数多くのドラマ・アニメの脚本に携わり、ミステリにおいても数々の賞を受賞されている大家でいらっしゃるので、もはや誰しもが認めている方ではありますが、改めて手に取ったことがあったかというと、恥ずかしながらありませんでした……。
何かのきっかけがないと手に取らない本もありますよね。
では、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
更に、キティ台風が襲来した夏休み最後の夜、文化祭で発表するスチールドラマの撮影中に、バラバラ殺人が発生する。
二つの事件を結びつけるものとは一体、何なのか。
時代の深い哀しみと、その時代をたくましく、みずみずしく生きる少年らの姿を描いた青春歴史ミステリ
おすすめポイント
近年なかなか巡り合えない、してやられた!という感覚が味わえるミステリです。
戦後の話なので、登場人物を取り巻く環境は楽ではないのですが、そんな時代でも少年少女らが爽やかに青春をしている様子が救いとなります。
盛大なしてやられた感!
もう何を書いてもネタバレになってしまう気がするので、読んでくださいとしか書けませんが、館ものでもあり時刻表ものでもあった前作に引けを取らないほど、いや!、比べ物にならないほど罠がしかけてあります。
あえて、ジャンル分けするなら、密室もの&バラバラ殺人、ということになりますが、肝はむしろ……あー、もう何を書いてもネタバレになる気がする!
とにかく、ミステリに馴れた者ほど、してやられた!、と飛び上がること請け合いです。
時代と人に対する温かな眼差し
舞台となる昭和24年(1949年)は 終戦から4年、1932年生まれの著者はこのとき満年齢で16.7歳くらいだったことになります。
ちょうど、主人公らの同年代です。
こう言ってはなんですが、戦後をはっきりと体験した方は、もっとその時代のことを厳しく書かれのかと思っていました。
例えば、主人公・風早の友人である大杉は、同じ研究会の仲間の『姫』こと薬師寺弥生と恋人関係にあり、それを周囲に隠そうとしていません。
2021年現在であれば、そんなの当たり前ですが、1949年はそういうわけにはいきません。
主人公らの通う新制高校は、男女共学がはじまったばかりで、今で言うと封建的、保守的な人間が教員にも生徒にも沢山いて、大杉と弥生のカップルは、そのオープンな交際をよく思わない人間もいます。
戦中の教育では、男子が女子と交際なんて軟弱だ!、翻って、女子が男子と大っぴらに話すなんてはしたない! というわけです。やれやれ。
その戦中教育を引きずった保守的な生徒の代表が夏木という教員と、天野という生徒です。
しかし、著者は夏木や天野ら、保守的な人間を主人公側の敵として罰したりしません(夏木は結果的に罰せられたのかもですが)。
主人公・風早の口を借りて言うことには、
戦後教育になじむ大杉もいれば、天野みたいに戦前の色濃い男がいたっていい。いろんな奴が混在するから面白いんだ。
私も、保守的な高校に進学したので、ちょっと分かるのですが、自分と主義主張の違う人間に敵対され攻撃されることは本当に嫌なことです。
きっと、著者自身も、もっともっと嫌な思いをしたことがあるのだと愚考しますが、それでこういう言葉が書けるのが、改めてすごい人だなと思いました。
時代や人に対して本当に温かな眼差しを持っている方なのだと思います。
私は愚鈍な人間なので、戦争のような自分の器以上の物事を考えるときつい、正しいか間違ってるかの物差しを使ってしまいがちですが、どの時代にも生きた人間がいることを思い出させてくれました。
その温かな眼差し故に、タイトルの意味が感得できたとき、それまで温厚だった先生が溜め込んだ怒りと哀しみを爆発させたような、大音声の怒号が聞こえてくるような気がしました。
たかが、殺人であって、たまるか!!!
今回ご紹介した本はこちら