書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『盤上に君はもういない』綾崎隼 | 【感想・ネタバレなし】もう一度だけあなたと指したい、二人の女性が挑戦する前人未到の女性のプロ棋士への闘い

今日読んだのは、綾崎隼盤上に君はもういない』です。

史上初の女性プロ棋士を目指す二人の女性の熱い闘いとその裏に隠された切ない過去を描いた小説です。

"女流棋士"と"女性プロ棋士"は全く違うということを、今作で、はじめて知りました。

男女関係なく「奨励会」に所属し、四段に昇格した棋士はプロ棋士と呼ばれますが、2021年5月現在、今だ女性で四段に昇格した棋士は存在しません。

2021年4月には、四段に最も近い女性と言われていた西山朋佳三段が奨励会を退会しています。

将棋という盤上戦において男女の差はあまりに大きいのです。

今作は、そんな"女性プロ棋士"の座をかけて闘う二人の女性の熱いドラマが描かれます。

それでは、あらすじと感想を書いていきます

あらすじ

奨励会に所属し、魔の三段リーグを突破し四段に昇格したプロ棋士。女性でその座に昇りつめた者はまだいない。
永世飛王を祖父に持つ16歳のサラブレッド・諏訪飛鳥。
病弱な体をおして年齢制限間近で闘う・千桜夕妃。
彼女らの闘いに魅せられて、取材を重ねる観戦記者・佐竹亜弓はやがて切ない過去に誘われていく。

おすすめポイント 

将棋のルールや奨励会の仕組みなどの説明が、物語のなかで噛みくだいてなされているので、あまり気負わず読むことができます。

ちょっとした恋愛要素が嫌味なく挿入されている点も好感が持てます。

 

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

二人の女性棋士をめぐる物語

将棋の世界には、「棋士」と「女流棋士」の 二つのプロ制度があり、奨励会に所属し四段に昇格すれば男女関係なく「棋士」となれます。

しかし、長い歴史のなかで女性で「棋士」となった人物は存在しません。

物語のなかで、三段に在籍し四段への昇格を狙う二人の女性、16歳の諏訪飛鳥と年齢制限ぎりぎりの26歳の千桜夕妃

物語はこの二人とそれを取り巻く人々の視点から交互に描かれます。

永世飛王を祖父に持ち、生まれてから毎日兄弟子たちと研鑽を重ね育ったサラブレッドの飛鳥と、病弱で欠場気味の26歳の夕妃。

四段昇格をかけた戦いで、誰もが飛鳥を本命馬とするなかで勝ち上がったのは、大方の予想を裏切り夕妃でした。

戦いを制した夕妃は記者らの前に出ることなく、そのまま入院、史上初の女性棋士として注目を浴びるなか、その後2年半もの間欠場を続けます。

薄幸の女性棋士・千桜夕妃の謎

あれほど死に物狂いで勝ち取った四段昇格の後、夕妃はなぜ2年半もの間、欠場を続けたのか。

なぜ、連盟は何も発表しないのか。

そして、2年半の欠場の後に復帰した彼女の指し方は、それまでの指し方とは一変していました。

夕妃の実家は裕福な医者一族で、夕妃は家族の反対を押し切って勘当される形で棋士の道に入りました。

なぜそこまでして将棋にしがみつくのか、2年半の欠場の間に何があったのか、

中盤以降はこの謎が物語の核となっていきます。

そして、その謎が解き明かされるとき、将棋というスポーツに賭けた彼女の生への執着と愛と哀しみに満ちた過去が開示されます。

彼女が盤上をひっくり返す瞬間の、ぞくっとする描写はくせになりそうです。

諏訪明日香の強さと魅力

薄幸の美貌の棋士というイメージの強い夕妃に対し、飛鳥はは若く才能に恵まれた天才少女として登場します。

しかし、彼女の棋士としての生い立ちは華々しいものではありません。

師匠に負け、兄弟子に適わず、初の女性棋士の座を夕妃に奪われ、2歳下の天才・竹森稜太に追い越される、彼女の歴史は敗北の歴史だと言います。

 

 

将棋指しとしての諏訪明日香の歴史は、敗北の歴史だ。

私は、私より多くの敗北を経験した人間はいないと信じている。

将棋の子として生まれた私は、決して天才ではない。

誰よりも多くの敗北を経験し、涙と悔しさをバネにして成長してきた女だ。

私は、諏訪飛鳥は、そういう雑草のような人間だ。

攻めの将棋が得意で、勝気で負けず嫌いな彼女。

彼女の魅力はその不撓不屈の精神にこそあります。

勝気な飛鳥と、飛鳥の周りにハエのようにまとわりつく軽佻浮薄な天才・竹森稜太との掛け合いは小学生の恋愛のようで微笑えましいです。

まとめ

本書は、女性のプロ棋士という前人未到の領域に挑戦する二人の女性の人生と愛の熱い戦いの物語でした。

2021年5月現在、三段に進んだ女性は過去3名。いつか、現実に女性でプロ棋士となる人物は生まれるのか。

現実が物語を超える時をいつか見たいものです。

今回ご紹介した本はこちら