『ジェリーフィッシュは凍らない』市川憂人 | 【感想・ネタバレなし】マリア&漣シリーズ第1作目にして第26回鮎川哲也賞受賞作
今回ご紹介するのは、市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』 です。
著者のデビュー作にして、21世紀の『そして誰もいなくなった』と選考委員に絶賛された本格ミステリです。
著者のマリア&漣シリーズの第1作目でもあります。
シリーズ第4作『ボーンヤードは語らない』が2021年6月に発売されるのに合わせ、精緻に編み込まれた本格ミステリである本書の魅力をご紹介したいと思います。
第4作『ボーンヤードは語らない』の感想を書きました!
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
- あらすじ
- おすすめポイント
- 個性的なバディもの
- 80年代アメリカのパラレルワールド的世界観
- 精緻な構成と緻密なトリック
- 今回ご紹介した本はこちら
- 第2作目の感想はこちら
- 第3作目の感想はこちら
- 第4作目の感想はこちら
あらすじ
おすすめポイント
細部まで技巧を凝らした本格ミステリを求めている方におすすめです。
個性的なバディものの推理小説や海外ドラマが好きな方にもおすすめです。
個性的なバディもの
本書の魅力はもちろんその巧妙なトリックにこそありますが、個性的なバディものとしての魅力もぜひ知っていただきたいポイントです。
若くして警部にまで昇りつめたマリアと生真面目な部下・漣との間のやり取りのコミカルさが本書のともすれば冷徹な世界観に華を添えています。
マリアは誰もが認める豊満な美女ながら、そのだらしのない恰好(ぼさぼさの赤髪、くたびれた服、泥が付着した靴)がその魅力を台無しにしています。
また、仕事に対しても真面目とは言えず、事件が起こるたび、部下の漣がマリアを電話で叩き起こして現場まで引っ張っていくという関係になっています。
しかし、ひとたび事にあたるとその怜悧な知性と行動力で事件を解決へと導きます。
また、部下の九条漣は常に冷静沈着で鉄面皮、マリアに対する態度も慇懃無礼そのもの。
たびたび年齢や知識不足に関する皮肉を飛ばしてマリアを怒らせては、シレっとしています。
「刑事課に所属しながらその程度の基礎知識もないのですか。よく警部になれましたね。昇進試験の解答用紙をすり替えでもしましたか」
しかし、内心ではマリアの推理力やその心根に敬意を払っている描写があり、いざとなれば、即座にマリアの指示に従います。
是非、映像化してほしい名コンビです。
80年代アメリカのパラレルワールド的世界観
本書の舞台は80年代のアメリカを思わせるU国という架空の国となっています。
80年代の空気感が登場人物の会話からも感じられ、懐かしいようなSF的なような独自の読み応えがあります。
DNA検査も実用化されておらず、インターネットもないコンピュータの黎明期とも呼べる世界です。
現実の80年代と違うのは、「ジェリーフィッシュ」と呼ばれる小型航空機が開発・実用化されているという点で、そこらのガソリンスタンドで「ジェリーフィッシュ」がフツーに給油している姿を見ることができるという、パラレルワールドになっているのです。
この小型航空機「ジェリーフィッシュ」に使用されている架空の技術とその実用化までの道のりが物語の構成に大きく関わってきます。
よく、こんな架空の技術を考え、それを本格ミステリに応用できるものだと感嘆してしまいました。
精緻な構成と緻密なトリック
北村薫、近藤史恵、辻真先三名の選評委員の選評によると、本書は全員一致で受賞が決まったとのことで、どの先生方も構成の精緻さとそのSF的舞台設定の面白さに言及されています。
特に辻真先先生は手放しで本作を称賛されています。
『ジェリーフィッシュは凍らない』に、はじめて目を通したときの興奮は、昨日のように鮮やかである。
(略)
大スケールのミスディレクションも効果をあげていて、クリスティ『そして誰もいなくなった』ばりの強烈な謎がどう論理的に解かれるのか、選者としてより読者として興味津々となった。
(略)
早くに登場しながら隠されつづけた犯人像に感動して、ぼくは気持ちよく白旗を掲げた。
個人的には、先日書評を紹介したばかりの辻真先先生が選評委員を務められていたことに勝手なご縁を感じます。
しかし、素直に書いても立派なミステリとして成立しそうなネタが何捻りもされ、練りに練られたまさに本格ミステリという言葉に相応しい作品だと感じました。
本格というある種の《型》に魅せられたフリークをも満足させることのできる一冊です。
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