芥川賞を全作読んでみよう第3回その2『城外』小田嶽夫 |【感想】青年官吏の外国での孤独と若き恋の日々を古雅な筆致で描く
芥川賞を全作読んでみよう第3回その2、小田嶽夫『城外』をご紹介します。
芥川龍之介賞について
芥川龍之介賞とは、昭和10年(1935年)、文藝春秋の創業者・菊池寛によって制定された純文学における新人賞です。
受賞は年2回、上半期は、前年12月から5月までに発表されたものが対象、下半期は、6月から11月までに発表されたもの、が対象となります。
第三回芥川賞委員
菊池寛、久米正雄、山本有三、佐藤春夫、谷崎潤一郎、室生犀星、小島政二郎、佐々木茂索、瀧井孝作、横光利一、川端康成。
第三回受賞作・候補作(昭和11年・1936年上半期)
前回の第二回が受賞作なしだったので、第三回は二作を受賞作として挙げたようです。
受賞作『城外』のあらすじ
感想
成長する若き愛情
初読の感想は「若いな……」でした。愛人である桂英との関係が人にバレるのを過度に恐れ、それを隠すために妓楼に赴くなど、人の目を気にしすぎる若者の感じがよく描かれているな、と感じました。
しかし、心細い外国で「異邦人の寂しみ」を味わう"私"の若い情欲が、やがて桂英と月銀の母娘に対する大きく温かな愛情へと変化していく過程は心温まるものがあります。
桂英との関係にやましさを感じ、人に秘密にしてきた"私"ですが、彼女が重い肺病にかかる段になり、それらが吹っ飛んでしまいます。
高熱を発し、死さえ匂わせる桂英と、身も世も無く悲しむ月銀を前にして、主人公はただおろおろと惑い、何とか桂英を救おうと医者を手配し入院の手続きをします。
ようやく回復した桂英と月銀の母娘へ送る"私"のまなざしは、幸福に満ちています。
おそらく私が長い生涯を送ると仮定して、その旅の最後の終りに過ぎてきた跡を追懐して見る時があるとするならば、その一と時の生活は崇高な燦爛たる金色を放って私の眸を眩暈させるかも知れない。
中国への興味
本書が受賞した1936年の翌年に南京事件が起こります。
そこに至るまでの、国民党、共産党、日本軍の極度の緊張関係は日本の読者の興味を中国との関係に注いでいたのでは、と思います。
2021年現在では歴史上の出来事ですが、本書が読まれた1936年では歴史ではなく"今"だったのだと考えると感慨深いです。
著者の外交官経験
著者の小田嶽夫は外務省の職員で、中国・杭州の領事館などに勤務していたこともあるそうです。
本作はまさにそういった経験から描かれた物語と言えるでしょう。
ただ『コシャマイン記』と比べると……
確かに良い作品ではありますが、実はダブル受賞の『コシャマイン記』と比べると、少し見劣りするな……というのが正直な感想です。
選評委員の評も『コシャマイン記』についてはほぼ称賛されており、満場一致で受賞が決定したのに対し、あまり言及がされていないように感じました。
選評委員の意見もクォリティより長年の努力を評価している向きが多いように思います。
小田君の「城外」は少々清新な味に欠けるもので、この点受賞を躊躇した向もあったけれど十年この道に努力した跡はさすがに顕著で老成した味の尊重すべきものを思う。(佐藤春夫)
小田氏は長年の勉強が認められたのは、喜ばしい。(川端康成)
「城外」はいまだしの感ありと席上で云ったら、行き過ぎている位永い事書いている人だという事で驚いた。この「城外」の当選はやや幸運の感がなくもなし、(佐々木茂索)
小島政二郎、室生犀星、については「城外」に言及さえしていません。
しかし、菊池寛は
「城外」は現代物の中では、一番自分の心に残った。
小田嶽夫氏の「城外」は文章のしっかりしている点で一番感心した。それに情婦に対する愛情もなかなかよく描けているようだ。
と好印象だったようです。
委員の中心人物である菊池寛が推したことと、著者の長年の努力、昨年度(第二回)の受賞作がなかったこと、中国への関心が高まっていたこと時運、などが合わさったラッキー受賞だったとも言えるかな、と思います。
『城外』はこちらに掲載されています