『アレグリアとは仕事はできない』津村記久子 | 【感想】何故か滅茶苦茶笑えるお仕事小説、怠惰なコピー機と闘う滑稽なOLの姿が、ズルい奴らへの怒りを浮き彫りにする
今回ご紹介するのは、津村記久子『アレグリアとは仕事はできない (ちくま文庫)』です。
アレグリアという欠陥複合機を相手に孤軍奮闘するOLの姿が、淡々と描かれている滑稽な小説です。
冷静に読むと結構暗い現実を書いているのに、はじまりから、クスクス笑ってしまうのは、作品の根底を流れる一種のユーモアのせいでしょう。
しかし、読み進めていくうち、機械相手に本気で怒っているアホな女の話が、いつの間にか、人の利益を優先させる人のなかで自分だけ甘い汁を吸おうとする、
嫌な話なのに、何故か笑えて何故かスカッとする。何故何故だらけのお仕事小説です。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
駆動中に突然起こるウォームアップ、頻発するエラー、ロールが少なくなると「用紙切れです」。
怠惰な複合機に憎しみを募らせる日々。そんなある日、ある事件が起きる。
おすすめポイント
会社にムカつく奴がいるぜ!という方がぜひお読みください。スカッとします。
コピー機に憎しみを募らせる滑稽な女
「おまえなあ、いいかげんにしろよ!」ミノベは、品番YDP2020商品名アレグリアの原稿テーブルを、平手で何度も叩きつけた。
まず、このミノベというキャラクターがはちゃめちゃに面白いです。
地質調査会社に勤めるミノベは、会社のなかでも資料づくりなどの雑用をこなす最も低いキャリアの人間で、頻繁に複合機「アレグリア」を使用する立場にあります。
ところが、この「アレグリア」、A3からA1対応のプリンタ、スキャナ、コピーの機能を持つ複合機なのですが、しょっちゅうエラーを吐き、ロール紙は余らせるし、ウォームアップは長いし、ミノベを極限までイラつかせます。
憎しみと執着を募らせるミノベは、終に「アレグリア」の機能実験まで始めてしまいます。
六種類の原稿に対して、一回の連続稼働数は幾らか、何回ウォームアップに入るか、余らせるロール紙の長さは何センチか。
作業机の足元に集めていた、アレグリアが余らせていたロールの長さについても計ってみたが、前々回余らせたロールの長さは五メートル八八センチで、その次が八メートル五センチ、先日先輩が新品に入れ替えた時に余らせたロールの長さは一一メートル九一センチだった。
仕事中に、たかがコピー機のロール紙の余りを執拗に計り続ける女、もの凄く滑稽です。
しかし、ミノベはアレグリアへの憎しみを誰とも共有することができません。
サポートセンターのニシモトは、低姿勢で誠実ですが、機械の知識が無く、サポセンから派遣されてくる技術者のアダシノが生気がなく、やる気も感じられません。
一緒に仕事をしているトチノ先輩は、良い人柄ですが、物事に余り疑問を持たないたちで、ミノベの執拗な実験にドン引きして距離を置かれてしまいます。
アレグリアを導入した機材導入担当のシナダは悪い意味での体育会系かつ意識高い系で、相手になりません。
八方塞がりでただ憎しみだけが募る日々のなかで、それをぶち破るようにある事件が起こります。
自分だけ甘い汁を吸う奴らへの怒り
そんななか、突如、それまでコピー以外の機能は快調だったアレグリアが、データを読み込まないという不具合が発生します。
それまでミノベの闘いを知らずにいた男性社員らもパニックに陥ります。
ここで、それまでアレグリアの責任者はミノベではなく、機材導入担当のシナダだということが社内でようやく浸透します。
新しい大判プリンタの導入の際、ミノベもシナダと共に営業との話し合いに参加することになります。
ここで、無駄で滑稽な足掻きだと思えたあの数々の実験の日々が実を結ぶ時がやって来ます。
ウォームアップタイムやロール紙を巻く部品の劣化時期などについて質問しながら、シナダを横で見ると、うなずいてはいるもののまったく話の内容をわかっていないという態の曇った目をしていて、ミノベは満足した。
機材導入の担当なのを良いことに自分だけ良いパソコンや文房具を使う奴!
自分が騙されてジャンク品を掴まされたくせに、それが理由のトラブルを人のせいにする奴!
最高機種だと謳いながらジャンク品を騙して売りつける営業!
飲み会を開くと称して、後輩に幹事の一切を押し付ける先輩!
本書は、そんな奴らへの怒りの爆発、自分だけ甘い汁を吸おうとする奴らへの反撃の狼煙なのです。
働いているのはみんな同じだ、とミノベは誰かに言いたくなった。けどその中にあって、少しだけ、油田から延びたパイプに穴を開けて石油を吸い上げるように、らくをしようとするやつがいる。けどわたしたちはわかってる。そういうやつらの顔も罪も。わたしたちにはわかっちゃいないとやつらは間抜け面を晒してケチなことをし続けるけれども。
真面目に誠実に働いている方には救いを、少しでも誤魔化している方には引っ搔き傷を残す、渾身のお仕事小説でした。
脱帽。