芥川賞を全作読んでみよう第4回その1『普賢』石川淳 |【感想】饒舌で混沌とした筆遣いが描く市井の人々の滑稽などったんばったん
芥川賞を全作読んでみよう第4回その1、石川淳『普賢』をご紹介します。
- 芥川龍之介賞について
- 第四回芥川賞委員
- 第四回受賞作・候補作(昭和11年・1936年下半期)
- 二作同時受賞について
- 受賞作『『普賢』のあらすじ
- 感想
- 饒舌な混沌
- 茂市という男
- 不可思議な引力
- 今回ご紹介した本はこちら
芥川龍之介賞について
芥川龍之介賞とは、昭和10年(1935年)、文藝春秋の創業者・菊池寛によって制定された純文学における新人賞です。
受賞は年2回、上半期は、前年12月から5月までに発表されたものが対象、下半期は、6月から11月までに発表されたもの、が対象となります。
第四回芥川賞委員
菊池寛、久米正雄、山本有三、佐藤春夫、谷崎潤一郎、室生犀星、小島政二郎、佐々木茂索、瀧井孝作、横光利一、川端康成。
第四回受賞作・候補作(昭和11年・1936年下半期)
二作同時受賞について
第三回同様、二作が受賞しました。
第三回は、前回にあたる第二回が「受賞作なし」だったという経緯の末の二作受賞でしたが、今回はそういった事情がないため、少し奇異に感じます。
佐藤春夫は選評にて
室生氏などは二つともというのは卑怯とまでいうが、卑怯でも愚昧でも致し方ない。
と書いており、また佐々木茂索も、
としているので、この芥川賞の黎明期において二作に受賞をさせることについて大分議論が紛糾したことが伺えます。
ちなみに、横光利一などは、
私は「『普賢」は読む暇がなくてまだ見ていない。
とまで書いています。おいおい選評委員が受賞作読んでなくていいんかーい、と思わずツッコんでしまいました。まさに、出発したての事業という感じがしますね。
受賞作『『普賢』のあらすじ
感想
饒舌な混沌
感想といっても、もうカオス!の一言に尽きます。
今の作家で似ている文章の人を挙げるとすれば、町田康でしょうか。
筋があってないような話なのに、なんと原稿用紙150枚もあり、読み通すのに大分苦労しました。
主人公である〈私〉は中世フランスの女流詩人クリスティヌ・ド・ピザンの伝記を書かねばならず、前半はこのジャンヌ・ダルクゆかりの女詩人の生涯がとうとうと語られるのですが、語りの途中で、下宿の女主人・葛原安子が突然介入してきたり、垂井茂市という何だか道化のような詐欺師のような不思議な男に振り回されたり、一向に仕事が進みません。
果ては、茂市の知り合いの彦介という貧乏男とその女房でヘロイン中毒のお組が突然登場、お組の母親が電車に轢かれてしまったり、また茂市の伝手で出会った綱という女性と関係を持ってしまったり、その綱が実は、自分の知り合いの愛人でかつ茂市とも関係があったり、まさに手垢に満ちた人間関係の地獄絵図
おまけに同じ下宿に住む友人の文蔵とは、訳の分からない芸術談義や皮肉の応酬のし合いで、もう何がなんだか分かりません。
じつはわたしはときどき深夜の寝床を蹴って立ち上がり、突然「死のう」とさけぶことがあり、それを聞きつけた文蔵に「まだ死なないのか。」とひやかされる始末である、
茂市という男
この汚れた人間地獄の俗世の中心に座すのは垂井茂市という一人の男です。
主人公が離れたくても離れられないしがらみを辿っていくと、必ずこの茂市という男に辿りつきます。
実は大人物なのか小物なのか、それすらもはっきりせず、女郎屋で因縁をつけて小金を稼いだかと思えば、どうしようもない貧乏性の彦助とお組の夫妻の面倒をそれとなく見ていたり、かと思えば、人の愛人を飄々と寝取っていたり、粗野かつ低俗にして飄々とし、まさに縦横無尽、融通無碍。
普賢行とはまさにこの男の行いなのか、と益体もないことを考えてしまいました。
不可思議な引力
この著者の芸術精神を長々しくも垂れ流したような小説には、何故か不可思議な引力を感じます。
垢が滲むような俗世の描写と、主人公のくだくだしい言い訳にげんなりしながら、その図太さと混沌とした魅力に終に最後まで引っ張られていってしまいます。
二作受賞に反対したらしい室生犀星も選評で、
各委員もこの「普賢」に対する不満混迷を感じられていたに拘らず、この作品から
はなれられぬ 妙なものを感じられているらしかった。
と評しています。
これが純文学なのか?と疑問に思わせながらも、その摩訶不思議なワールドで強引に賞をもぎとっていった力、これこそこの短編の魔力と言えるでしょう。
今回ご紹介した本はこちら