『きまぐれな夜食カフェ - マカン・マラン みたび』古内一絵 | 【感想・ネタバレなし】マカン・マランシリーズ第3作。あのシャールさんがはじめて料理を分け与えない相手が登場
今回ご紹介するのは、古内一絵『きまぐれな夜食カフェ - マカン・マラン みたび (単行本)』です。
大人気の「マカン・マランシリーズ」の第3弾!
マカン・マランはインドネシア語で「夜食」の意味。
ドラァッグクイーンのシャールさんが営む夜食カフェ「マカン・マラン」訪れる人々に現れる美味しい奇跡描いた人気シリーズですが、何と今回、はじめてシャールさんが訪れた客に料理を提供しないという話が登場します。
どんな人でも受け入れてきたシャールさんでも、料理をつくることのできなかった相手とは?
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
これまでのシリーズの感想はこちら↓
あらすじ
自分の人生に希望が見いだせず、ネットバッシングに夢中の陰気なOL。
心因性の味覚異常から復帰中の和食料理人。
夫から”円満離婚”を切り出されている高層マンションに住む主婦。
終活を始めた老婦人。
今は先が見えなくても、人はみな、幸福の種を秘めている。
美味しく優しい料理が新たな年月を運ぶ大人気シリーズ。
おすすめポイント
食べ物がメインの物語が好きな方、ハッピーエンドが好きな方におすすめです。
シリーズでものですが、第1作を読んでいなくても十分楽しめます。
シリーズ中、唯一シャールさんが料理を提供しない客が来店します。
各章の感想
第1話「妬みの苺シロップ」
主人公は、パソコンメーカーのカスタマーセンターに勤める派遣社員の弓月綾。
私も似た仕事をしていたことがあるので分かるのですが、この仕事は向き不向きがかなりあります。
本文にも書いてありますが、問題解決能力やコミュニケーション力とかいう剛の力ではなく、受け流す柔の力が求められる仕事です。
個人的には、クレーム対応はたこ焼き屋に似ていると思っています。
クルクル回して丸くしてしまうところがよく似ています。
さて、綾はここに5年務めていますが、スーパーバイザーへの昇進も望まず、職場の人間関係にも関わらず、ただ息を潜めるように日々を過ごしています。
そんな彼女の裏の顔は、「私はあなたが嫌いです。好かれたいとも思いません」通称「ワタキラ」と呼ばれる謎の辛口ブロガーです。
とにかく、人気のある物、嫉妬心をかきたてるものを、ディスり、それに対し、「いいね」や「参考になった」のポイントがつくことに暗い満足感を覚えています。
マカン・マランシリーズ史上最も悪意に満ちた奴です。
だってー。
私は不幸なんだもの。
自己肯定感の低い彼女が他人を傷つける理由です。
匿名性を利用して、ただ人を傷つけることを目的に悪口を拡散する、綾のしていることは到底許せることではありません。
でも、ここまで極端でなくても、誰だって自分に自信が無いばかりに、暗い嫉妬心を燃やす夜はあるでしょう。
この「ディスリの女王」にシャールさんがどんな対応をしたのか、ぜひ本文で読んでみてください。
第2話「藪入りのジュンサイ冷や麦」
主人公は、心因性のストレスから味覚を失い、リハビリ中の若手料理人・香坂省吾です。
シリーズ第1作『マカン・マラン - 二十三時の夜食カフェ』、第3話「世界で一番女王なサラダ」で主人公をはった下請けライターのさくらが逞しく頑張っている姿が見られることが嬉しいポイントです。
あと、個人的におっ!と思ったのが、トルコの刺繍文化「オヤ」 が登場することです。
実は先日読んだこちらの本に「オヤ」が紹介されているのです。
「oyalanmak(オヤランマク)」直訳で、「手ずからオヤ編みをする」で、意味は「ダラダラ過ごす、時間を潰す」となるそうです。
本を読んでいると、こういう瞬間があるのが嬉しいですよね~。
本篇の感想としては、自信を喪失した主人公が、徐々に料理人としてのプロの顔に戻っていく場面が小気味いいです。
マカン・マランでは、シャールさんはただのきっかけで、自分の力で立ち上がる力をもとから持っている人間もちゃんといることが嬉しいです。
第3話「風と火のスープカレー」
主人公は高層マンションに住むセレブ妻の中園燿子です。
物語スタート時点で、夫の愛人に子どもが出来、”円満離婚”を切り出されているのですが、燿子の日々は拍子抜けするほど穏やかです。
揺れるカーテンのもと、白湯を飲みながら文庫本を読み、セレブ妻の集まるアーユルヴェーダセミナーに通う。
浮気されて離婚を切り出されているとは思えぬ生活ぶりです。
しかも、夫からは「離婚式」なるものを開きたいと言われています。
あくまで、円満な離婚であることを周囲に見せたいという夫の見栄っ張りを、燿子は奥歯を噛みながらも受け入れます。
「離婚式」……。ちょっと、私たち庶民には分からない感覚です……。
実は、燿子はシャールさんの知己で、「離婚式」のドレスをつくってもらうため、「昼のほうのお店」を訪れます。
上品で、賢く、美人。
淡々と状況を受け入れているような彼女が、実は奥歯を噛みしめて耐えてきた悔しさ、悲しさを漏らすとき、つい感情移入してうるっときてしまいました。
あと、「昼のほうのお店」がメインのお客様は今回がほぼはじめてだったので、そこも嬉しい回でした。
第4話「クリスマスのタルト・タタン」
最終話の主人公は、「マカン・マラン」の近所のアパートに住む老婦人・瀬山比佐子です。
「マカン・マラン」の常連であり、シリーズ第1作で実は、「マカン・マラン」含む一帯の地権者であることが判明している彼女の生涯が詳細に描かれます。
可愛がってくれた祖父、自分より早く亡くなった妹、失敗に終わった最初で最後の結婚生活、戦争。
タルト・タタンはハイカラだった祖父が銀座で食べさせてくれた思い出のお菓子です。
終活をはじめ「エンディングノート」をつける比佐子を、様々な思い出が取り巻きます。
この話で一番小気味よい言葉はこちらです。
しかし、七十を超えれば、既婚も離婚も未婚も実際にはたいして変わらないものになってしまう
このセリフを、もうじき七十の母に紹介したところ、案の定ゲラゲラ笑っていました。
自分がこの言葉の本当の意味を知るにはまだ少し早いと思いますが、七十になったとき絶対にこの言葉が浮かんでくる予感はしています。
その日が来るのが今から楽しみです!
今回ご紹介した本はこちら
シリーズの既刊・続刊はこちら
第1作目
第2作目
第4作目