『ガーデン』千早茜 | 【感想・ネタバレなし】自分だけの密やかな庭に引きこもる植物系男子の生態
千早茜さんの小説は、もしかして自分のことを書かれてる?と思ってしまうほど、水が合うところがあります。
特に『男ともだち』などは、どこかで監視されているんじゃないかと思うくらい、ぴったり自分に嵌ってちょっと怖かったです。
もしかすると著者のファンは全員このように思っているのかもしれません。
さて、今回ご紹介する『ガーデン』には、小学生のほとんどをアフリカで過ごしたという著者の経験がふんだんに生かされています。
”帰国子女”というレッテルに振り回されないよう気を配り、自分だけの居心地いい庭に引きこもる超植物系男子・羽野くんの生態が描かれています。
羽野くんから見る、”花”と”女”という二つの生き物の対比が姿興味深い作品でした。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
生身の女性と深く付き合うことのできない彼は、自宅の一室の自分だけの植物園に身も心も浸りきっている。
そんな彼の前に、女たちは現れては消える。まるで咲いてはしぼむ花のように。
植物になら惜しみなく与えられるのに、女性には与えることができない。
人はあまりに多くのものを求める生き物だから……。
おすすめポイント
恋愛に積極的じゃない男子の内面が知りたい方におすすめです。
濃密な植物と花の匂いが紙面から立ち昇るような小説です。
植物系男子・羽野くん
主人公の羽野くんは、幼少期を開発途上国で過ごした所謂帰国子女です。
しかし、本人は帰国子女というレッテルを嫌い、周囲にはそれを隠しています。
属する集団と少しでも違うことをすれば、「やっぱり帰国子女だからかな」と微妙な笑顔を浮かべながら線をひかれる。敬語を使えないとか、率直にものを言うとか、協調性がないとか、一般的に言われている帰国子女イメージの片鱗が見えようものならば、異分子として決定されてしまう。
異分子、異端者であることを強いられ、自分の立ち位置を守ることにだけが上手くなっていった羽野くん。
そんな羽野くんが愛を注ぐのは、幼い日々を過ごした広大な「庭」の記憶、そして自室で育てる植物と花です。
あの頃、僕の世界は庭だけだった。
時々、思う。いま、あの庭はどうなっているのだろう。
自宅アパートのリビングは植物で埋め尽くされ、本来、寝室に置くべきベッドをリビング中央にしつらえ、羽野くんは眠ります。濃密な植物の呼気を感じながら。
ここで、青臭い植物の匂いを「思春期の少年の精液じみた香り」としているのが、人間含めた動植物に平坦な視線を注ぐ著者らしい表現だと感じます。。
帰国子女として疎外される孤独と、愛する「庭」から切り離された孤独が重なり、羽野くんは極端に他人に無関心な青年になっています。
「放っておいてほしい」、羽野くんが他人に求めるのはこれだけです。
モテ男子 ・羽野くん
そんな血液の代わりに樹液が流れているのかと思うほど淡白な羽野くんですが、何故かモテます。
同期のタナハシ、モデルのマリ、元モデルでバーテンの緋奈、年代は様々ですが、皆、美しく魅力に溢れた女性たちです。
しかし、植物にならどれだけでも愛を注げる羽野くんは、女性の求めるものには上手く応えることができません。
緩やかに相手をいなすだけで、深く繋がることができないのです。
羽野くんの周囲を彩る女性で特に異彩を放つのが、有名建築デザイナーの愛人・理沙子です。
真っ赤な大輪の花のように、美しく激しい気性の彼女に、羽野くんははじめから惹かれていきます。
でも、あと一歩のところで踏み出すことができない。
なんて、もどかしい男なんだ!、と途中からイライラしはじめます。
チキン男子・羽野くん
著者の”男”という生き物を観察する視線には、かすかな諦念が感じられます。
著者の表現からは、自分の欲望のままに野蛮に生きることを貴ぶ傾向が伺えます。
自らの求めるものを知らず、相手の望むものに表面的に応じるだけの羽野くんは、結局いいカッコしいの臆病なチキン野郎なのです。
だから、本書に登場する女たちは、羽野くんを揺さぶるように、痛々しく生々しく、そしてどうしようもなく強いのです。
でも、男ってこういう臆病な生き物でしょ?、という著者の達観した声が頭上から聞こえてくるようです
しかし本書は最後に、羽野くんにチャンスを与えます。
羽野くんが自ら何かを欲したとき、手を伸ばしたとき、その先に大輪の赤い花咲き誇る庭があることを祈ります。
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