『さよならの夜食カフェ-マカン・マラン おしまい』古内一絵 | 【感想・ネタバレなし】マカン・マランシリーズ第4作。
今回ご紹介するのは、古内一絵『さよならの夜食カフェ-マカン・マラン おしまい (単行本)』です。
おしまい、ということは、もうこれがシリーズ最終作となるということですね。
ちょっと残念です。
でも、これまでのシャールさんに掬い上げられてきた各話の主人公らが一挙に登場するのはシリーズの愛読者としては、とても嬉しかったです。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
これまでのシリーズの感想はこちら↓
あらすじ
友人グループとの間に入った亀裂に悩む自意識過剰気味の女子高生。
SNSの炎上に巻き込まれた和食創作料理人。
母との確執とセレブ妻同士のマウンティングに疲弊するトロフィーワイフ。
そして、これまで様々な人を迎え入れてきたシャールのもとに、白皙の美青年が訪ねてくる。「マカン・マラン」を開店したきっかけ、これまで訪れた様々な人が脳裏を去来するなかで、クリスマスの特別な夜がやってくる。
おすすめポイント
食べ物がメインの物語が好きな方、ハッピーエンドが好きな方におすすめです。
これまで登場した各話の主人公らのその後が触れられます。
各章の感想
第1話「さくらんぼのティラミスのエール」
主人公は、母を幼くして亡くし父と祖母に甘やかされて育った女子高生・秋元希美です。
ビーズジュエリーづくりが趣味の彼女は、つくった作品をプレゼントすることで、友人グループ内の立ち位置を確保していますが、最近、友人らから煙たがられているような気がして焦っています。
この話には沢山の問題が示唆されているのが面白かったです。
・甘やかされて育った人間がとる悪気のない行動
・自分の自意識の高さ無知に気付いたときの愕然とした思い
・作品を無料でプレゼントすることのリスク
希美ちゃんは、私の学生時代の友人の一人を思い出させます。
悪気はないんだけど、人の勘に触るような言動をするので、よくフォローに回されていたのを思い出します。
といっても、私は希美のフォロー役である和葉のように優しくないので、気まぐれにかばったり、かばわなかったり質が悪かったと思います。
一方、得意だからといって、人にタダでものを頼むのは、リスクを伴うと再認識させてくれました。
学生時代、サークルなどのポスターに、絵が上手いからといって気軽にデザインを頼んだりするのも本当は良くなかったな、と反省。
「ティラミス」の意味は「私を元気にして」ですが、直訳すると「私を持ち上げて」です。
この話のなかでは、直訳は紹介されませんが、自分が甘やかされて育ったことに気付いた希美は、今後、自分で自分を、人の気持ちが慮れる人間に”持ち上げて”行かなくてはいけません。
そういった意味も込められているのかな、と少し思いました。
第2話「幻惑のキャロットケーキ」
主人公は、料亭「ASHIZAWA」の若きオーナーシェフ・芦沢庸介です。
シリーズ第3作『きまぐれな夜食カフェ』の第2話「藪入りのジュンサイ冷や麦」に、成功を収めた同期として華々しく登場する彼ですが、そのうちメインで登場するだろうと実は思っていました。
強気で、何もかも利用する胆力のある彼が、その性質故にSNSの炎上商法に巻き込まれてしまう、という話なのですが、ネット慣れしている読者は、見え見えの煽りにまんまと引っ掛かる庸介に、あ~アホだな~と呆れてしまうでしょう。
第1話もそうですが、SNSマジ怖い……。
この話の見所は、「藪入りのジュンサイ冷や麦」に登場した和食料理人・香坂とライターのさくらちゃんの再登場でしょう。
他人の目を通して見る香坂とさくらのそれぞれの姿が新鮮で、落ち込んだときの二人を知っている読者としては、その後がんばっている二人に励まされます。
あと、この話のタイトルは「キャロットケーキ」ですが、人参は登場しません!
秘密はぜひ本篇を読んでみてください。
第3話「追憶のたまごスープ」
シリーズ第3作『きまぐれな夜食カフェ』の第3話「風と火のスープカレー」にちらっと登場する若きセレブ妻・平川更紗が主人公です。
「風と火のスープカレー」で登場したときは、若年ながら、手強いセレブ妻同士のマウンティングを強かに乗り切り、かつ、主人公の燿子をさりげなく手助けしてくれる魅力的なキャラクターでした。
今回は、彼女の内面と過去が深く掘り下げられます。
勝気で派手に見える彼女には、母親との確執から来る、自分への根深いコンプレックスが隠されています。
娘として生まれた者は、すべて母親に対しては、大なり小なり愛憎を抱える宿命にあるよね、という話でした。
個人的には、燿子と更紗の住む高層マンションの管理組合会長にしてボス妻・圭伊子が主人公の話も読みたかったな~、と思います。
なんかすごい面白いこと考えてそうな女ですよね、彼女。
第4話「旅立ちのガレット・デ・ロワ」
迫るクリスマスまでの日々、シャールさんが、これまで迎えてきた様々な人を思い起こし、「マカン・マラン」を開店するまでの経緯に思いを馳せる最終話に相応しい話です。
シリーズ通してちょくちょく登場するクリスタの意外な一面が明らかになる回でもあります。
ここでそう使ってくるのか!
また、1作目から伏線の張られていた中学校教員・柳田の水泳部顧問時代に行った”あること”の真相も明らかになります。
LGBTQにいまいち理解のない頭の固いおっさんの柳田ですが、やはりやるときはやる男でした。やるじゃん柳田!
でも、柳田は、LGBTQという自分が理解できないものに対し、打ち解けもしませんが、反対に拒絶もしません。
シリーズ通してこの頭の固いおっさんを登場させているのは、自分は理解がある人間のふりをして、そのことでマイノリティを異分子として傷つけ疎外する人間が存在することを、反証的に示したかったからではないかと私は考えています。
ガレット・デ・ロワは、公現祭(1月6日)に食べるフランスの伝統的なお菓子です。
最近は日本でも市民権を得てきているので、ご存じの方も多いのでは。
ガレット・デ・ロワはフェーヴとよばれる陶器の人形が一つ仕込まれ、それがあたった人はその年の王様として皆から祝福されます。
ちなみに、このフェーヴにも熱烈な収集家が存在するそうです。
シャールさんはガレット・デ・ロワに仕込むフェーヴに、いかにもシャールさんらしい意匠を凝らします。
シリーズ最終話に相応しいこのお菓子を、ぜひ本篇で確認してください。
今回ご紹介した本はこちら
シリーズの既刊はこちら
第1作目
第2作目
第3作目