『JR品川駅高輪口』柳美里 | 【感想・ネタバレなし】携帯電話で自殺掲示板を眺める女子高生は品川駅から約束の場所へ向かう。毎日毎刻生きることを選択し続ける、その尊さを温かな雨が濡らす
今回ご紹介するのは、柳美里『JR品川駅高輪口 (河出文庫)』です。
2020年度全米図書賞(National Book Awards 2020)の翻訳部門を受賞した『JR上野駅公園口』が連なる山手線シリーズの一作です。
そちらの感想はこちら↓
本書は2011年に『自殺の国』というタイトルで刊行、2016年に『まちあわせ』と改題して、文庫化された作品の新装版にあたり現在のタイトルとなりました。
死に引き寄せられる女子高生が立つ断崖のようなプラットホームから見渡す景色を克明に描いた作品です。
『JR上野駅公園口』が死者の物語なのだとしたら、本書は生者の慟哭と言えるでしょう。
著者は「新装版あとがき 一つの見晴らしとして」において次のように語っています。
山手線という閉ざされた円環への眼差しが、この歪な日本社会への一つの見晴らしとしとなりますように、と私は両手を祈りの形に握り合わせている。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
携帯電話のなかの自殺掲示板を眺めながら、断崖のようなプラットホームに立つ。
そして彼女は21時12分品川発の電車に乗り、約束の場所に向かう。
この世は生きるに値するのか、孤独な少女の問いに答えはあるのか。
おすすめポイント
自殺という単語に引き寄せられる未熟な魂を否定も肯定もせず、ただ真正面から描ききった点がすばらしいです。
また、あとがきにある理由から電車に飛び込むシーンを描かなかった点にも敬意を評したいです。
主人公の抱える虚無
本書のは、女子高生の主人公・百音(もね)が、自殺掲示板で同士を募り集団自殺を図るというショッキングな内容です。
「死にたい」「誰か一緒に死んでほしい」そんな言葉が飛び交う掲示板と、山手線を利用する雑踏の声が交互に繰り返されることで、百音の抱える空虚が読者にストンと提示されます。
しかし、百音の境遇は取り立てて不幸というほどではありません。
学校では、上辺だけとはいえ友人がいて、いじめを受けているということもない。
母親は弟の受験にかかりっきりなものの、虐待を受けているということもなく、どちらかといえば父親に可愛がられている様子もあります。
多少、問題はあるけれど、どこにでもある不幸、という感じです。
他人から見れば大したことのない悩み、そうだからこそ彼女の抱える虚無は膨らむのかもしれません。
「おばさんはいろいろあって、もう駄目だけど、あなたはまだ若いんだし、生きていれば、悪いことだけじゃなくて、いいことも……」
自分も自殺しようとしているくせに、ありきたりのセリフで百音を止めようとする彼女の姿は滑稽ですらあります。
まだ若いから、人生悪いことだけじゃない、生きてさえいればいいことがある、そんな空虚な言葉では死に向かう人を止めることはできないのかもしれません。
彼女の行動を、もっと苦しんでいる人もいるのに、と憤る方もあるかもしれませんが、本書は彼女の行動を真正面から淡々と描き、否定も肯定もしません。
彼女の抱える空洞に最後まで寄り添います。
人間への敬意
百音の環境が変化することは最後までありません。
相変わらず、見せかけの友人、見せかけの家庭。
それでも、私は、著者が最後まで彼女を取り巻く環境を好転させなかったことに、むしろ人間への敬意を見ました。
一筋の希望として、祖母との思い出や、不器用に会話を試みる父親を随所に登場させますが、それを理由に彼女は生きることを決めるわけではありません。
おそらく、人が生きるのは(そして死ぬのは)、人生に良いことがあったり悪いことがあったりするからではなく、ただ、その人の人生を生きるから(あるいは死ぬから)なのでしょう(上手く言えませんが……)。
「どんなに残酷であったとしても、人生は生きるに値する」ということをしめしたいと思った。(「新装版あとがき 一つの見晴らしとして」)
また、自殺をテーマとし、電車や駅が頻繁に登場する作品であるのに、人が飛び込むシーンは描かれていません。それは、
登場人物が、電車が近づく数分の間に、死を思い留まり、生に引き返すかもしれないという可能性を僅かでも残しておきたかったので、わたしは電車に飛び込むシーンは書いていない。(「新装版あとがき 一つの見晴らしとして」)
ラストの英語の授業で百音が英文を音読するシーン、は美しく、彼女の選択と、これから訪れる日々を慰撫するかのようです。
It is raining softly now.
いま静かに雨が降っています。
When will it stop raining?
雨はいつやむのでしょう?
The rainy season will begin soon.
私たちは良い人生だから生きるわけではなく、悪い人生だから死ぬわけではない、ただ、毎日毎刻生きることを選択し続けている、その尊さに温かな雨が降る、そんな想いが胸を貫きました。
今回ご紹介した本はこちら
柳美里の「山手線シリーズ」