書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『ウエストウイング』津村記久子 | 【感想・ネタバレなし】雑居ビルのデッドスペースで交錯する年齢も性別もバラバラの3人の人生。

今回ご紹介するのは、津村記久子ウエストウイング』 です。

津村記久子の物語は、就職氷河期世代真っ盛りといった風の全体的に未来の見えないどんよりした気怠さ全開の雰囲気なのに、独特のユーモアとシニカルさにニヤリとさせられ、何故か読み終わると、「明日もまあがんばろうかなあ」なんて励まされてしまう、という不思議な魅力があります。

本書もそういったお話です。

年齢も性別もバラバラの3人が一つの場所を共有しながらすれ違い、思わぬ災厄にあったり、知らず助け合ったり、面白い小説でした。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

設計事務所の内勤・ネゴロ、絵の得意な小学生・ヒロシ、土壌水質解析会社のサラリーマン・フカボリ。
取り壊しの噂もある古い雑居ビルの忘れられた物置で、3人はお互いの顔も知らぬまま物々交換をはじめる。
次々降りかかる生活上の災難や、思いもかけぬ出来事、雑居ビルを交錯する無数の人々の中で、3人の人生は知らず影響し合い、小さな奇跡を生む。

おすすめポイント 

クールな文体で最後に少し希望が残るような小説が読みたい方におすすめです。

沢山の人が交互に登場する群像劇が好きな方におすすめです。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

お互いの顔も知らぬまま始まる関係 

OLのネゴロ、小学生のヒロシ、サラリーマンのフカボリは雑居ビルのデッドスペースである物置をサボり場所にしているという共通点から、お互いの顔も知らぬまま物々交換をする関係に至ります。

フカボリの置いていったインクカートリッジはネゴロに、ネゴロの用意した古いカメラとバインダーはそれぞれヒロシとフカボリに、ヒロシのつくった消しゴムはんこはネゴロに。

3人の生活は、古びた雑居ビル同様パッとしません。

ネゴロは使えない甘ちゃんの後輩女子に振り回されるし、ヒロシは母親の干渉を逃れて好きな絵を描いたり物語を考えたりしたいのに塾の講師はウザいし、フカボリは減給されたうえ取引会社の社長が倒れるしで、大きな不幸もないのですが、いまいちな日常を過ごしています。

なので、お互いの事情に踏み込まない物置に置かれたメモだけでやり取りが交わされる微温的で儚い関係はある種の安らぎが感じられます。

いつばったり出くわしてもおかしくないのに、ビミョーにすれ違う、実際、こういうことがあると面白いよねーと思います。

ちょっと映画で見てみたい気もします。

日常に突然訪れる非日常

こんな感じで、ぼんやり続いてきた日常のなかに、二つの大きな事件が降りかかります。

一つは、大雨による駅へと続く地下通路の浸水事件です

ターミナルへと続く地下通路が大雨で水没したことにより、雑居ビルは非日常感に包まれます。

ヒロシは、濡れた靴下を選択して乾かすというちょい仕事をクロークルームのオーナーのおっさんやエステサロンのお姉さんと始めたり、フカボリは偶々見つけたゴムボートで、地下通路を横断し荷物を運搬して小金を稼いだり、ネゴロは先輩の娘さんの作品をそうとは知らずフカボリに預けたり、大雨というイベントのなかで、それまで関わりのなかった人がワッと集まって影響しあって、そこかしこで何かが起こる様子は、まるでお祭りのようでちょっとワクワクしてしまいます。

そして、もう一つはビルの排水管の汚染事件です。

3人が利用していた物置の排水管が破裂したことがきっかけで判明した、ビルの排水管の汚染により、3人はよく分からない病原菌に感染し、同じ病院に隔離させられてしまいます。

同時に、これまで噂だけだったビルの取り壊しの話も本格的になってきます。

人が影響し合うことで起きるドラマ

3人は、いまいちパッとしない日々を過ごす雑居ビルをそれでも何とか残せないか、それぞれ考え少しだけ行動を起こします。

その様子は、日々、真面目に働いても薄給で、嫌な上司はいるし、塾の先生は尊敬できないし、隣の先輩の愚痴はウザいし、な今いちな毎日へのそれでも持ち続けている愛着を感じさせます

それ一つだけでは、何の効果もない行動が、伝線し影響し合うことで、ちょっとした小さな奇跡が起きる、それは、吹き続ける世間の逆風へのちょっとした意趣返しのようで思わずガッツポーズを取りたくなります。

明日からも、たぶん嫌な上司や先輩がいて、面倒な後輩に煩わされて、お金はなくて、彼女もできなくても、でも、毎日ちゃんと、ちゃんと生きていこう、そういうあっけらかんとした気持ちにさせてくれる小説でした。

今回ご紹介した本はこちら

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