書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『台北プライベートアイ』紀蔚然 | 【感想・ネタバレなし】台湾発のハードボイルド探偵が連続殺人事件を追いかける。この面白さは読まないと分からない!

今回ご紹介するのは、紀蔚然『台北プライベートアイ』です。

原題は『私家偵探』。

台湾人が書く私立探偵小説なんて、面白そうな予感しかしない!とビビっときて、そのまま夢中になって一気に読み上げました。

ジャンルを問われれば、”ハードボイルド”としか言いようがないのですが、著者の描く台北の街の描写や、シニカルな台湾人観が混じり合い、イギリス的でもアメリカ的でも日本的でもない、独自の世界観が広がっています。

また日本をはじめとする諸外国の犯罪者と台湾の犯罪者の比較など興味深いトピックスもあり、一粒で何粒も美味しい小説でした。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

劇作家であり演劇学部の教授である吾誠ウーチェンは、若い頃からの鬱病パニック障害に悩まされ、妻との関係も悪化、しかも、酒席で出席した演劇関係者全員を痛罵するという失態を演じてしまう。ついに教職も演劇の道もなげうち台北の裏通り臥龍街」に居を移し、私立探偵の看板を掲げる。何とか一つ目の依頼を解決した吾誠ウーチェンだったが、何と台北を騒がす連続殺人事件の容疑者となってしまう。自らの疑いを晴らすためには、真犯人を探し出すしかない。監視カメラの網の目をかいくぐり、殺人を続ける犯人の驚くべき正体と目的とは!

おすすめポイント 

台湾人から見た台湾の生の風景が楽しめます。

主人公をはじめとするキャラクターが個性的で、台湾独特の人間関係の機微も相まって独特の面白さがあります。

ハードボイルドであるものの、謎解きの楽しさを残した本格的な推理小説でもあり、意外な犯人に驚かされます。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

キャラクターの面白さ 

この小説の魅力はまず主人公のキャラクターにあります。

演劇学部の教授かつ割と著名な劇作家である主人公ですが、実は若い頃から鬱病パニック障害強迫性障害などに悩まされ、妻との関係も悪化中。

自分の内面の問題で散々苦しんだ挙句、酒の席で、出席者全員に暴言を吐くという失態を演じ、恥じ入った末、全ての職を辞し、裏町で”私立探偵”をはじめます。

理由は「人助け」

うだつの上がらない中年男の都落ちのような描写とは裏腹に、近隣住民の車の当て逃げ犯を鮮やかに推理して見せたことや、一つ目の依頼を解決に導く手際の良さから、読者はこの吾誠ウーチェンなる主人公が、ただならぬ頭脳と行動力をもつ人物であることが分かってきます。

また、この主人公は、人間嫌いの厭世家のように振る舞っているくせに、子どもに英語をタダで教えてあげたりと意外と世話焼きで、次第に周囲に人の輪が広がっていきます。

舎弟的存在でおっちょこちょいだけど憎めないタクシー運転手・添来ティエンライや、臥龍街派出所の人の好い警察官・小胖シャオパン吾誠ウーチェンが子供に英語を教えている阿鑫アシン一家。

彼らは、吾誠ウーチェンが連続殺人の容疑者となり逮捕された後でも、疑うことなく味方になってくれます。

この台湾人的親愛には、皮肉屋を気取る主人公もつい嘯いてしまいます。

台湾人はなにかというとすぐに、兄弟じゃないかとかなんとか、感傷的なことを言うので、おれはずっと反感をもっていたのだが、彼らが惜しげもなく親切にしてくれるものだから、おれもついに、いわゆる「光輝き、これからの人生を照らしてくれる真実の暖かい心」を見出してしまったかと思ったほどだ。

周囲に励まされながら、真犯人を突き止める覚悟を決める主人公は、遺されたかすかなヒントをつまみ上げながら、一歩一歩真相に肉薄していきます。このスリル!

そして、判明する意外な犯人!

登場人物の立場の明確さもあり、もしかして犯人は序盤で登場していないキャラクターじゃないだろな?、と疑っていたのですが、見事に出し抜かれました! 脱帽です。

シニカルな台湾人観と日本に対する興味深い眼差し

本書は台湾人が台湾のことを書いているので、その描写は皮肉なユーモアに包まれています。

例えば、

台湾では赤信号は「突っ込む準備をしろ」という意味で、緑は「そら、突っ込め」、黄色は「まだ突っ込まないのか、この馬鹿たれ!」という意味なのだ。

そんなアホな。

また、台湾の犯罪について、他ならぬ日本と比較して書いている興味深い箇所もあります。

主人公によると、台湾の殺人犯のほとんどが「衝動型」で、動機も「金・痴情・恨み」の三種類だけだと言います。

あるの社会欄の記事から、二件の殺人事件(一方は別れ話のこじれ、一方は美人局への復讐)を引き合いにだし、同日の日本の連続殺人事件と比較させます。

同じ日の日本を見れば、連続殺人事件が決着したという記事がある。容疑者は二人を刺殺し、一人にケガをさせた後、自首した。動機は、三十四年前に保健所が、自分のペットを察処分し、そのうえ、今に至るまで毎年、なんの罪もない五十万匹の動物を殺していることに憤慨したというものだった。

主人公はこの日本の事件の「動機の抽象性のレベルの高さ」に恐ろしくなったといいます。

つまり、台湾の犯罪はある意味牧歌的で、日本やアメリカ、イギリスの有名な連続殺人犯を生むほどの土壌が無い、というのです。

また、社会秩序を重んじ、規律を強いる社会ほど、それを乗り越える”犯罪”が起きやすいと指摘し、日本を「アジアの国々のなかで、連続殺人事件の数がトップ」と名指しします。

日本人が酒を飲んだ途端に無礼きわまる醜態をさらすことはよく知られている。

よく知られているのか……。なんだかすごく恥ずかしい……。

こういった台湾のリアルな声を聴くことは新鮮な感動があるし、日本人が持つ病的な偏執性を外側から言い表されるのも、なんだか痛気持ちいい気分です。

なんというか、私たちは自分たちが思っているほど、キチンとした人間とは思われていないのかもしれませんね。

お酒を飲んだときは、注意しよう!と決意しました。

今回ご紹介した本はこちら