書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『JR高田馬場駅戸山口』柳美里 | 【感想・ネタバレなし】子供を守ろうとすればするほど行き場所を無くしていく女。居場所のない魂が行き着く先とは

今回ご紹介するのは、柳美里JR高田馬場駅戸山口 (河出文庫)』です。 

2020年度全米図書賞(National Book Awards 2020)の翻訳部門を受賞した『JR上野駅公園口』が連なる山手線シリーズの一作です。

そちらの感想はこちら↓

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本書は2012年に『グッドバイ・ママ』というタイトルで刊行、新装版にあたり現在のタイトルとなりました。

夫は単身赴任中で子どもと二人、育児ノイローゼに陥った母親の辿る孤独と悲劇を描いた小説です。

ごく普通の母親が足元の暗闇に飲み込まれていく様子は、ゾッとするものがありますが、同時に著者の”居場所のない人々”への限りない祈りにハッとさせられる物語でもあります。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

ゆみは一人息子のゆたかの育児に追われる母親。
育児に熱中するゆみの態度は、幼稚園やマンションの自治会との間で軋轢を生んでいく。さらに、単身赴任中の夫には女の影があり、ゆみは孤独を深めていく。
そして、追い詰められた女はある決断をくだす。

おすすめポイント 

ごく普通の人間が、ふとした拍子に社会から孤立していく過程がリアルで怖いです。 

子育て中の方は、ハッとさせられるシーンが多いと思います。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

子供を守ろうとすればするほど孤立していく母親

主人公・ゆみは息子のゆたかに愛情を注ぐごく普通の母親です。

しかし、その行動は徐々に偏執的になっていきます。

放射能汚染されていない”安全な”食べ物を探すことに熱中し、子どものお弁当には”放射能に効くらしい”玄米や子供の発育に良い食べ物を詰め込みます。

ただ、幼い息子には玄米を噛み切れず、お弁当はほとんど残されてしまっているという現実からは目を背けています。

”子どもの足に良い”靴を高値で購入し履かせていますが、ゆたか自身はその靴が履きにくく、いつもビリになってしまうから、「みんなと同じがいい」と訴えますが、それも無視してしまいます。

また、幼稚園の正座教育に過剰に反発し、各方面の専門家にジャーナリストを名乗って取材したりと、その病的な行動から幼稚園側との確執を深めていきます。

そして、どうやら母親のそういった行動から、ゆたかは幼稚園で友達ができずにいることも示唆されています。

また、子育てに熱中しすぎるゆみには、ママ友がおらず、夫も単身赴任中、またマンションの自治会とはゴミの問題を巡って対立関係にあります。

子どもを守ろうとすればするほど、子どもにとっては迷惑極まりない行動をとってしまい、社会から孤立していく母親の描写がリアルで、「そっちに行っちゃだめだよ!」と小説の外から叫びたくなるような焦燥感があります。

居場所は本当になかったのか

絶望とは、まだ体験していない未来に疲れることである。(「新装版あとがき 絶望的な日々に求める……」)

ゆみの悲劇は、”自分には相談する人が誰もいない”と思い込んでしまったことだと思えてなりません。

ゆみはの両親は幼いころに離婚、父親とは16歳の時に死別し、母親と妹の連絡先は分かりません。

そして、義母には、「息子の嫁として認められていない」と感じ、距離を置いています。

そして、当の夫は単身赴任中。

しかし、本当に彼女に居場所はなかったのでしょうか。

もし、幼稚園の母親のなかに友人ができていたら。

もし、マンションの自治会に少しでも顔を出して友好関係を築いていたら。

もし、気まずくても義両親に「助けてほしい」と言えていたら。

もし、母親と妹を探し出し助けを求めていたら。

沢山の”もの”が虚しくこだまし、山手線という閉じられた円環のなかにゆみの魂は吸い込まれていきます。

現実に疲れ切ってしまうと、まだ訪れぬ未来にも疲れてしまう、それが絶望だと著者は言いたいのでしょうか。

この禍に満ちた世で、育児という大事を背負う人々が、毎日少しでも心軽くなる瞬間が訪れていることを祈ってやみません。

今回ご紹介した本はこちら

柳美里の「山手線シリーズ」

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