『吸血鬼』佐藤亜紀 | 【感想・ネタバレなし】革命の火種燻るポーランドの寒村にあらわれる吸血鬼の正体に国と民の残酷な断絶を見る
舞台は1845年のオーストリア帝国領最貧の寒村・ジェキ。
土着の風習が色濃く残る土地で、次々と人が怪死していきます。
が、ホラー小説やファンタジーなどではなく、著者の歴史に対する深い洞察に基づいた小説で、これ1冊で19世紀のポーランドの在りようが大体わかってしまいます。
ちなみに、翌年の1846年はクラクフ蜂起が起こった年で、この出来事も物語に大きく関係してきます。
しかし、色々と調べていて思ったのですが、ポーランドという国は、あらゆる国に分割され統合され、歴史にもみくちゃにされた不遇な国ですね……。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
ゲスラーの就任直後から、人々の怪死が相次ぎ、人々は
人々の恐怖を鎮めるため、ゲスラーは死人の墓を暴き、首を刎ねるというおぞましい決断を迫られる。
おすすめポイント
19世紀のポーランドの寒村に暮らした貧しい人々と独立を夢見る領主との乖離の描写が凄まじい迫力があります。
19世紀のヨーロッパに暗い雰囲気が楽しみたい方におすすめです。
吸血鬼(ウピール)とは
人々が怖れる
最初は形がない。家畜や人を襲って血を吸うと、ぶよぶよの塊になる。更に餌食を貪ると、次第に人の形を整える。別の説では死人だ。生まれた時に胞衣を被っていたり、歯が生えていたりした者が死ぬと墓から出て人を襲う。
と、大分気持ちの悪い感じです。
一説には、当時のヨーロッパでは土葬だったので、死体が腐敗し赤く膨れ挙がり内部でガスが溜まって動く様子から伝説が生まれた、とも言われています。
変死者が出ると、壁に穴を開けて足から先に遺体を外に出します。
死体が墓から戻ってこられないようにするためです。
また、人々の恐怖が頂点に達すると、村の嫌われ者(だいたい余所者)に家に村人が押し寄せ火を付けたりすることもあったため、古臭い因習だ、と笑い飛ばせない危険な側面がありました。
ジェキに赴任したばかりの役人・ゲスラーは因習どころかキリストの神さえ信じていない無神論者ですが、相次ぐ変死者を前に、ついに、墓を暴いて死体の首を切る、という決断を迫られます。
国と民の断絶
本書の舞台はポーランドの独立を目指したクラクフ蜂起の前年で、この歴史的背景も物語の重要な要素です。
ジェキの領主クワルスキはポーランド独立の夢をあきらめきれないでいる老人です。
彼にはポーランド人という自負があり、周囲もそうあるべきだと信じ込んでます。
しかし、最貧の地で農奴あがりの百姓たちには国や自分が何人なのかなど関係ないのです。
本書に登場する最も知的な人物は、役人のゲスラーでも、詩人で領主のクワルスキでもなく、ゲスラーの下男・マンチェクの父親です。
なんの教育も受けず、密漁と百姓で生計を立てる彼の言葉は、驚くほど物事の核心をついています。
ー旦那衆は旦那衆で、百姓は百姓だこっつぁ。教えてくれさ。旦那衆が国を旦那衆のものにするのに、なんで百姓が死んだり手足もがれたりしんばんがぁて。割に合わんねかの。俺が何考えているか言おうかの。余所者、っちゃ損得が自分らと違うもんのこんだ。だっきゃ誰が一番余所者だの。お前様だろうがの。余所者がさんざんっぱら只働きさせて、挙句に兵隊にして、他人から国をぶん捕るすけ死ね言うかの。そら人の血吸って肥るのと一緒らの」
ここに克明に浮かび上がるのは、国や民族という実態の無い容れ物と、土地に根差して生きる人々との間の残酷なまでの断絶です。
独立や革命といった高邁なスローガンを金持ちが叫ぶ下で、実際に武器をもたされて戦って死ねと言われるのは名も無き貧しい民なのです。
誰のための独立なのか革命なのか置き去りにされたまま。
民族や国家というスローガンは、人の血を吸って肥え太り、そのくせ実態の無い、まさに
今回ご紹介した本はこちら