『漁港の肉子ちゃん』西加奈子 | 【感想・ネタバレなし】生きている限りは、誰かに迷惑をかけることを怖がってはいけない
インパクトのある題名に随分前から気になっていたのですが、なんとなく暗い話な気がして避けていました。
そんなとき、明石家さんまさんプロデュースでアニメ映画化する、という話を聞いて、これは暗い話じゃないかも……と思い切って読んでみました。
想像していた物語とは全く違う、暖かくて強い”家族”の話でした。
また、「あとがき」が本編に比するほど素晴らしい作品でもあります。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
肥っていて不細工で鈍くて底抜けに明るい母・”肉子ちゃん”は漁港の焼肉屋で働いて、街のみんなに愛されている。
娘のキクりんはそんな母親のことが最近少し恥ずかしい。
心のままに生きる母と、自意識に葛藤し成長していく娘。
人間臭くて不細工でエネルギッシュな家族の物語。
おすすめポイント
”肉子ちゃん ”のキャラクターが本当に素敵で、読むと元気がもらえます。
北国の漁港の寒々しい風景のなかで逞しく生きる人々の活き活きした息遣いが感じられます。
読み終わった後の「あとがき」を読むと、そこに込められた思いに泣けます。
漁港の肉子ちゃん
インパクトのあるタイトルですが、読み終わるとこのタイトル以外ありえない、と確信させられます。
肉子ちゃんは大阪出身の38歳。
漁港の焼肉屋「うをがし」(新鮮な魚ばかり食べている地元民が肉の脂を求めてやって来る)で働いています。
「うをがし」の店主のサッサンは奥さんを亡くしたショックで店をたたもうとしていたのですが、そこに現れた肉子ちゃんを雇って経営を続けることにします。
サッサンは、肉の神様が現れた、と思ったらしい
肥っていて、不細工で、声が大きくて、ちょっと頭の足りない肉子ちゃんは、「うをがし」に辿り着くまで沢山の「糞みたいな」男に騙されてきました。
天真爛漫な母と自意識でいっぱいの娘
娘のキクりんは、小学5年生。
肉子ちゃんと対照的に、可愛い顔と華奢な身体で運動神経もよく、クラスメイトからの人気も高い女の子です。
そんなキクりんは、単純な母と違い悩みがいっぱいです。
クラスメイトの女子の派閥争いのこと、男子の拙いアプローチのこと、肉子ちゃんが最近こっそり誰かに電話していること。
キクりんは、それらの悩みに正面から向き合うことを避け、なるべく逃げよう逃げようとするところがあります。
しかも、自分が可愛く人気があることを自分で分かっていて、それを巧妙に利用して立ち回ることのできる賢さがあり、でも、そんな自分の小賢しい性格に自己嫌悪する、という思春期の悪循環に突入しています。
打算のない人間への憧れ
本書に登場する肉子ちゃんは溢れんばかりのエネルギーで周囲の人間を元気にさせてくれる人物です。
運動会の保護者参加の借り物競争の場面では、気が付けば会場の皆が肉子ちゃんを応援し、ゴールすれば立ち上がって拍手を贈ってくれます。
肉子ちゃんの優しさには打算がなく、人の言うことをすぐ信じ、先入観の無い瞳で接してくれるので、沢山の人が肉子ちゃんに救われます。
でも、肉子ちゃんのように生きることを望む人は少ないでしょう。
人を信じる肉子ちゃんは何度も何度も人に騙され傷つけられボコボコにされて、それでも借金も不幸も笑い飛ばして、また騙されて……。
肉子ちゃんのような人が現実にいたら、やっぱり沢山の糞みたいな人間がそのエネルギーに群がって奪ってボロボロにしてしまうんだろうな、と悲しく思います。
そして、どちらかと言えば自分は、肉子ちゃん側の人間ではなくて、その溢れる力に寄生するゴミ虫みたな人間なんだろうな~、と思いました。
だから、肉子ちゃんの持つ底抜けのパワーに憧れるし、こんな人にそばにいてほしいと憧れます。
(でも、私のようなすぐ人に寄生するゴミのような人間のそばに、肉子ちゃんのような人がいないことはむしろ喜ばしいことでしょう。)
この世の最も寂しい人の前に、”肉子ちゃん”が現れることを祈ります。