『バラカ』桐野夏生 | 【感想・ネタバレなし】大震災後の世界をさまよう少女の数奇な運命が圧倒的な疾走感と重量で描かれる
ポスト3.11文学の極北と言って過言ではない巨編でした。
被爆地に突如降臨した少女・バラカ。
彼女の数奇な運命の遍歴と、人々の欲望と弱さのグロテスクさ。
また、全編の根底に流れるミソジニーの根深さにゾッとしたりもしました。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
海外で子どもを買う女性とその友人、酒と暴力で妻子を失おうとしている日系ブラジル人、悪魔になると誓った邪悪な葬儀屋。
少女を中心に、人々の抑えつけられた怒りと欲望が爆発する。
おすすめポイント
あの大震災でこうなってしまっていたかもしれないダークな世界観を見せられます。
男性の持つ本質的なミソジニーが作品の根底を流れているのが、(良い意味で)陰湿で不快感があり考えさせられます。
聖少女
本書の主人公バラカは数奇な運命を辿った末、警戒区域内をさまよっているところを発見されます。
バラカは「神の恩寵」という意味です。
その神秘的な生い立ちと、甲状腺ガンを患い生還したことで、「放射能は危険で被爆はまだ続いていると主張するグループ」、「放射能の危険はすでに去ったと主張する国側」、どちらにも”象徴”として狙われることになります。
本人の意思とは関係なく、ある種の”聖少女”としてネット内であがめられはじめます。
しかし、彼女の生い立ちの秘密は、人々のあまたの欲望に翻弄されたグロテスクなものです。
父親と娘・男と女
本書は、ポスト3.11文学であり、父親と娘、男と女の二項対立を深く追求した作品です。
バラカには二人の父親が存在します。
1人は、生みの親のパウロ。
1人は、義父のカワシマ。
パウロは生き別れになった妻子を懸命に探す態度は見せるものの、妻子が慣れないドバイで人身売買に巻き込まれたのは、知恵の足りなかった妻のせいだと決めつけているところがあります。
(実は、酒に溺れた末、安易に海外に働き場所を移したパウロに原因の一端があるのですが……)
しかも、もし成長した娘が妻のほうに似ていたら愛せないかもしれない、と考えるシーンもあります。
まじふざけんな!
無意識に女性を自分より弱く愚かな生き物だと思っているのです。
カワシマの場合は、もっと邪悪です。
ある出来事から、この世の邪悪をすべてなぞってやると決めた彼は、意図的に周囲に不幸をばらまきます。
彼は女性に対し憎悪をたぎらせています。
頭が悪くて面倒臭いことばかり言って、迷惑きまわりない生物。お前ら、この世から一人残らず消えろ。俺の優性を示すために、子種だけはやるぞ。
カワシマの邪悪さは物語のなかでも突出していて、その悪魔のような所業の数々にはゾッとさせられます。
彼らは、まるで女性が赤ん坊を産むためだけの道具で、そこの知性や論理性を認めていないかのようです。
バラカの同級生の男の子が悪気なく発した一言は、まさにその考えを象徴しています。
「でも、あんたはヒバクしてるから、子供産めないんだろ?」
救われないのは、女性たちまでもが、”産む道具”である女性像をどこかで認めてしまっていることです。
大手出版社に勤める沙羅も、テレビ局のディレクターの優子も、バラカの存在を自分の”産み育てる女性像”を補強するための小道具のように扱います。
しかも、そこに愛情が一片も無かったかというと、そうではない、というところがこの話を更にグロテスクにさせています。
バラカとは何者か
結局、バラカとは何者だったのか、読んだ後もよく消化できません。
人身売買でペットのように売り買いされた少女、放浪する少女。
彼女は、震災からの復興を象徴する聖少女なのか、汚染により棄てられた民を率いるべき象徴なのか。
そのどれでもあり、どれでもない少女。
ただ、何故か、この少女の強く美しい眼差しがこちらをじっと見ているのを感じるような気がします。
この眼差しに、
「お前は、敵だ」
と言われることに怯えながら、これからを過ごさなくてはいけないような予感がします。