書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『奴隷小説』桐野夏生 | 【感想・ネタバレなし】「私たちは、泥に囲まれた島に囚われている」、異様な想像力が構築する”奴隷たる者”の世界

今日読んだのは、 桐野夏生奴隷小説』です。

「奴隷的状況」を題材とした短編を集めた作品集で、身体的にまたは精神的に束縛され、自由を奪われた人々の姿が豊穣な想像力の世界で立ち現れます。

本書を読むことで、奴隷であるとはどういうことは、翻って、自由であるということはどういうことなのか、ヒントが得られたように思います。

それでは、各短編の感想等を書いていきます。

あらすじ

「私たちは、泥に囲まれた島に囚われている」
兵士たちに誘拐され泥に囲まれた島に幽閉されてしまった女子高生たち(「泥」)。
長老との結婚を断り舌を切断され、左目をえぐりとられた母を持つ娘に長老との結婚の噂がたつ(「雀」)。
夢の奴隷・アイドルとなった娘を案じる母親(「神様男」)。
年に一度の女とのセックスに夢中になる若い男がとる愚かな行為(「ただセックスがしたいだけ」)。
様々な状況で抑圧され奴隷化する人々の姿が鏡写しのように読む者の奴隷性を引きずり出す。

おすすめポイント 

様々な抑圧と奴隷的状況を見ることで、その滑稽さとおぞましさを再認識できます。 

自らの置かれている”奴隷的状況”を暴かれたようで、ドキリとします。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

各短編の感想 

古い因習の残る小さな村らしき場所が舞台です。

村では、長老が絶対的な権力を持ち、何人もの妻を持っています。

また、女は、15歳になると女と嫁に行かされることになっています。

主人公の少女・スズメの母親は昔、当時の長老との結婚を断り、舌を切断され、左目をくり抜かれるという残酷な罰を受けた過去があります。

そして美しく成長したスズメに、現長老との結婚の話が持ち上がります。

村の因習、女と言う性別、絶対的権力、ありとあらゆる抑圧のが詰め込まれた短編です。

スズメは、女という性を最大に生かし、そこから脱出を図ります。

彼女の運命がこれからどう動くかは、読者の想像に委ねられますが、幼い彼女に漂う妖艶さは、長老を代表する”男たち”が最も危惧し恐怖するものなのではないかと思います。

武装した兵士に突如拉致された女子高生らがくだす選択の物語です。

本書中、最も希望の持てる短編であり、絶望的な短編でもあります。

名前をはぎ取られ、1番~96番も番号を付与された彼女らに、兵士は告げます。

「おまえたちは女である。だから、男に所属する物だ。男のズボンや靴と同じように、男の持ち物であり、牛や豚と同じように、男の家畜である。」

私は女です。

はっきり言われたことはなくても、これと同じ意味のことをずっとささやかれながら育ったように思います。

そして、私も、私たちも、毎日、泥に囲まれた島に囚われている気分です。

物語中で、少女たちが、泥のなか選んだ決断に敬意を示したいです。

神様男

夢の奴隷たるアイドルを題材とした短編です。

未成年のアイドルを「年くった」とか「ババア」とかいうおっさんてほんとに見苦しいよな、と思いました。

REAL

数年前に自殺した娘の動機を探し求めて、ブラジルの旧友を訪ねる母親の話なのですが、このお話だけ”奴隷”たる者が誰かハッキリわかりませんでした。

ただ、不穏な空気から、娘の自死の原因は当の母親による抑圧なのでは……と疑ってしまいました。

そして、今度は娘の死に母親が囚われているのでは……。

何か起きるわけではないのに、何故か一番怖い短編でした。

ただセックスがしたいだけ

炭鉱の労働者のもとに、冬の間だけ訪れる謎の女たち。

タイトル通り、「ただセックスがしたいだけ」のために、貧しい蓄えから女たちに貢物をする男たち。

そして、思い余って掘り出した石炭を盗みだしてしまう……。

男ってホント、アホやな……と目頭を押さえたくなる短編でした。

告白

これは私たちが如何にして、少しずつ希望を失ったかという物語でございます。いうなれば、希望の瓶が底を突く、というお話。

自らの絶望を告白することを切望する亡霊の独白。

聞く者として選ばれた若者。

怖い…怖すぎる……。

山羊の目は空を青く映すか Do Goats See the Sky as Blue?

収容所に過酷な労働を強いられ、些細なことで殺される囚人たち。

タンネは、囚人の両親から生まれた子供で、収容所以外の世界を知らない。

本書のなかで、最も”奴隷的”な環境に生きる主人公です。

タンネは外の世界を知らないが故に、自分を「一等囚人」だと誇り、密告の危険から親にも本音を喋ろうとしない身も心も奴隷根性が染みついた子供です。

そんなタンネに、最も過酷な時刻を知らせる鐘撞きの仕事が周ってきます。

高い鐘楼の上からは、タンネははじめてみた”外”の世界。

全く違った価値観の下で生まれても、同じように空は青く見えるのでしょうか?

今回ご紹介した本はこちら

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rukoo.hatenablog.com