書にいたる病

ものがたり大好き主婦の読書記録

『鏡のなかのアジア』谷崎由依 | 【感想・ネタバレなし】チベット、台湾、京都、インド、クアラルンプール、幻想と現実のアジアを言葉の魔力が繋ぐ

今日読んだのは、 谷崎由依鏡のなかのアジア』です。

チベット、台湾、京都、コーチン、クアラルンプール、アジアの土地を舞台とした5つの短編が収録されています。

どの物語もアジアのそれぞれの都市の空気が匂いたつようで、幻想と現実の間でくらくらするような酩酊感を誘われます。

それでは、各短編の感想等を書いていきます。

あらすじ

チベットの僧院で夜、写経に勤しむ少年僧、雨のshito、shito降る村の奇妙な9つの家、鍋を囲みながら言語の魔力に想いを馳せる京都の学生たち、遥か昔、巨大樹だった男の過去と独白。幻想と現実のアジアを言語の力で飛翔する5つの短編集。

おすすめポイント 

幻想小説が好きな方におすすめです。

アジアの都市の空気感が好きな方におすすめです。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

各短編の感想

……そしてまた文字を記していると

チベットの僧院の年若い少年僧の静かな独白が語られます。

僧院は遥かな歴史を持ち、僧院の壁に描かれた色鮮やかな神々たちはチベットの遠く異国の顔立ちをしています。

興味深いのは少年僧にとって、世界とは何千巻、何万巻もの経典に封じ込められているもので、兄弟子たちと日々経典を書き写し、読経することで、閉じ込められた言葉により万物が再形成されていくと考えているのです。

 兄僧たちが日々、つややかな声を張りあげて経を読み、怠ることなく経典をひらくのは、そこにある文字を解きはなち、この世に拡散させるためである。一日も休むことはならない、と言われている。さもなければこの世界は端から欠けて、見る見る不完全なものとなってしまう。

世界から言葉が生まれるのか、言葉により世界が形成されていくのか、根源的な問いが、チベットの乾いた風に散っていく短編でした。

Jiufenの村は九つぶん

台湾の九份の架空の村が舞台です。

先の「……そしてまた文字を記していると」より一層幻想さを増し、マジックリアリズムの手触りさえ感じさせます。

9つしかない家で起きる不可思議な出来事、虚しい恋への夢想を三つ編みに込める姉、出稼ぎの行った夫の代わりに居座る男の世話をやく妻、妻を失い異食に走るやもめ。

小さな村で起きる出来事はすべて雨の中に吸い込まれていきます。

文章中の雨の擬態語が面白いです。

barabara、barrabarraの雨が、shoushouの細かな雨に変わってくると外に出た。

国際友誼

くるんと戻ってくるように舞台は京都に。

幻想性はなりを潜め、代わりに言語の不可思議に振り回される3人の学生の姿がユーモラスに語られます。

筆者の分身のような文学部の女子学生、台湾からの留学生のソウくん、ヘンテコな理屈を捏ねる英文科の男子学生、3者は京都の街をぐるぐる迷いながら、ちょっとクスッとするラストシーンへ誘われていきます。

友人がドルマンスリーブのブラウスを着ているのを見て、女子学生がノートに書きつける言葉がいかにも文学部の学生らしくて笑えます。

野守は見ずや・きみが・どるまんすりーぶ振る。

船は来ない

インドのコーチンが舞台。

最も短い短編で数ページしかありません。

年若い義母を迎えた少年が初めて盗みをはたらくシーンが描かれます。

盗んだのは、白蝶貝を連ねた銀細工の腕輪

義母への薄っすらとした思慕と、弟の誕生への予感に揺れる彼は地平線の向こうにそこから連れ出してくれる船を待ちます。

その船はまだ、やってこない。

天蓋歩行

主にクアラルンプールを舞台に、不思議な男の半生が語られます。

5つの短編の最後に相応しい重厚な読み応えがあります。

作中、屋敷の女主人から問われ、男は自分について語ります。

ーあなたはどこから来たのか。何をしてきた者であるのか。

私は答えた。

ー私はかつて森を狩猟に生きた者であり、その以前には虎であったが、それは束の間だけのことで、そのさらに以前には、長いあいだ木であった。

熱帯の巨大樹であったころ、男は菌類を介して周囲の木々の会話し、様々な生き物の住処となり、恐ろしい時間を老いていった、といいます。

茸を記憶の顔と呼んだのは、あの双子のKupur樹の弟のほうだった。

男の独白は、熱帯の樹木であったときの遠い記憶翠玉の丘の屋敷に下男として仕えたいつとは分からない過去現代のクアラルンプールで一人の女と暮らす今の3つの視座から為ります。

ビルが立ち並び通勤者で混雑する現代のクアラルンプールから、幻想的な熱帯の森へ、夢のなかのような翠玉の丘へ、読者はその時間と空間のめくるめく広がりに酩酊させられます。

私という人間は一つではなく、かつては何者かであったかもしれない、そんな夢想に取り憑かれる幻想的な短編です。

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