書にいたる病

ものがたり大好き主婦の読書記録

『平家物語』古川日出男訳 | 【感想・ネタバレなし】無数の死者の声がこだまする日本屈指のギガノベルが現代の”声”で甦る

今日読んだのは、古川日出男訳『平家物語 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09)』です。

古川日出男のファンである私ですが、2016年に出版されたこちらは未読でした。

古川日出男オリジナル”じゃないしな~、という思いと、平家物語』という合戦もの=固そう・退屈そうというぼんやりイメージ、かつ池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」という一連のなかの9巻ということもあって、なんとなく手に入れずらいと感じていました。

そんなとき、なんとこの古川日出男訳『平家物語』が2022年1月よりアニメ化!というニュースが入り、すわ!一大事!と急遽手に入れ読み始めました。

heike-anime.asmik-ace.co.jp

そして先日ようやく読み終わりました。

まあ、長い長い! 

しかし、まあ面白い! まさに日本古典の雄。

男臭く堅苦しい合戦記を想像していたのに、この面白さは何なのか

一気に読み終わってしまいました。

描かれていたのは、愚かしく弱く儚くそれ故にどうにも愛しい人間・人間・人間の姿。

かなり原文に忠実に現代語訳されている(=くどくどしくなり易い)はずなのに、そこは古川日出男特有のリズミカルな語り口により、この物語が琵琶法師によって”語られた物語”だということを思い起こさせてくれます。

また物語の場は京都・滋賀を中心に、北陸、瀬戸内海・九州と広がるので、そこらへんに地縁のある方は、あの場所でこんなことが、という臨場感を味わえると思います。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

末法の世、混乱を極める政治、争いに次ぐ争い。
束の間の栄華を極める平家一門の興廃が多様な声で語られる日本古典史上のギガノベル。
男たちは、女たち、は歴史の動乱の一瞬に何を見たのか。
現代の魔術的話者・古川日出男が語りなおす『平家物語』の新しい真の姿。

おすすめポイント 

・『平家物語』って古典だし難しそう・退屈そうと思っている方にこそおすすめです。めちゃくちゃ面白いです。

・京都・滋賀に地縁のある方におすすめです(地名がばんばん出てきます)。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

平家物語は合戦記ではない?

なにしろ、平家がいわゆる軍記物語だと思い込んでいる人は仰天するだろうが、この作品には四巻めに至るまで合戦の描写はない、、、、、、、、、、、、、、、、。そこまでにあるのは、むしろ政治、政治、政治だ。あとは宗教。そして恋愛。(「前語り ーこの時代の琵琶法師を生むために」)

仰天しました。

そして、実際に読んでみると、描かれているのは、どこまでいっても人間のしょうもない姿なのです。

荒々しく合戦の場面などは最後のほうの一瞬で、大体がまるで大学のサークルの内部抗争のような、しょうもない諍いの連続なのです。

誰々がどこそこでこう言った、ああ言った、みたいな噂に尾鰭が付きまくった挙句、兵を挙げたり出家したり、人間て800年たってもたいして変わらないな、と嫌な意味で感心してしまいました。

こういう世界では、政治的にしたたかで情報に強い人間が生き残るのでしょうね。

特に、後白河法皇という人物のしぶとさ、政治強さ、悪運強さ、機を見る聡さには驚かされます。

この人物こそ、平家のキーマンと言えるのではないでしょうか。

平氏がこの法皇をしっかりマークできていれば歴史も少し変わったかもしれません。

しかし、この後白河法皇はどうにも好きになれないキャラクターです。

結局、そういう人物こそ生き残っていくのでしょうね。

それも今と同じですねー。

末法思想と平家一門の興廃

平家では男も女もやたらめったら泣きます。

この時代、末法思想(この世は釈迦の教えがすっかり廃れた時代だ、という思想)がはびこっていて、それに平家一門の一瞬の彗星のような興廃の姿が重なって、得も言われぬ無常観が醸し出されています。

基本的に、現世は穢土(穢れたクソみたいな世界)という認識があり、何とか人間に生まれ幸運にも仏の教えに巡り合うこともできたので、なんとか来世で極楽浄土に生まれ変わるのを狙う、というのがセオリーのようです。

なので、やたらめったら出家したがります。

いかにも愚かな人間の姿

この穢れた現世からはさっさとおさらばしたい、でもそこは人間だから、妻もあるし、子供のことも気にかかる。

平家はそんな人間の弱さにスポットライトを当てます。

清盛亡きあと、一門の総大将となった宗盛はかの壇ノ浦の戦いで負けた後も入水もせず、捕虜にされ晒されるという恥をさらし、それでもない自害もせず、いつ自分と息子が処刑されるか、怯え続けます。

処刑の日が迫る中、源氏方の義経の恩情により、高名な聖が呼ばれます。

聖に導かれるままに、ひたすら念仏を唱え、現世への未練と迷いを捨て去ろうとする宗盛ですが、首を斬られんとするその最後、ふと念仏をやめ「右衛門の督も、すでにか(息子はもう切られたのか)」とつぶやき、その直後に首が切られます。

結局、最後の最後までちっぽけで愚かな人間であることをやめることのできない宗盛という人間の姿がそこにあります。

そして、その姿に、周囲の人々はやはり涙するのです。

その姿は、弟の知盛が「見るべき程の事をば見つ。今はただ自害せん」と潔く入水したのと対照的です。

実際、物語のなかでも、兄である宗盛は愚かさ故に失策を続け、賢い弟であるところの知盛がそれに歯がみするという構図が何度かあるのですが、読者(聞き手)としては、知盛の堂々とした最期にも感心させられるものの、やはり宗盛のどうしようもない弱さにも胸を打たれるものがあります。

女たち

平家は男だけの物語か、といえば実はそうではないのです。

本書には実に数多くの女が登場します。

そして、一人の女として感想を言えば、武士の妻になんかなるもんじゃないな、というものです。

特に胸を打たれたのが、清盛の甥にあたる通盛の北の方の最期です。

一の谷の合戦で通盛が戦死したと聞かされた北の方は、泣き伏し乳母の女房に、

「それでね、聞いて。私が身重になったことは日頃は隠して言わないでいたでしょう。でも気が強いと思われまいと考えてお耳に入れました。孕みましたって。そうしたら、本当にうれしそうにあの人は言われた。『通盛はもうよわい三十になるが』と言われた。『これまで子というものがなかった』と言われて、あとは言わずもがなだった。そしてね、続けられたわ。『ああ、男子であってほしい。この世の忘れ形見にも思うばかりだよ。さて幾月ほどになるのだ。気分はどうなのだ。いつまで続くかわからない海の上、船の中の暮らしだから、穏やかに身二つになるには、さあ、どうしたらいいだろう』と訊かれるの。」

哀切の極みです。私はここで泣きました。

はじめて父親になったことを聞かされはしゃぎ、妻に「何か月になるの? 気分はどうなの?」と喜ぶ夫の姿は現代と変わりありません。

しかし、その夫も今はもう亡い。

こうして見ると平家は大局的な歴史を描きながら、同時にごく個人的な愛の話を語る稀有な物語なのではないか、と思います。

今回ご紹介した本はこちら

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