『風のベーコンサンド 高原カフェ日誌』柴田よしき | 【感想・ネタバレなし】爽やかな高原の風と、美味しい料理と共に描かれるちょっとほろ苦い人生模様
今日読んだのは、柴田よしき『風のベーコンサンド 高原カフェ日誌』です。
サスペンスに定評のある著者ですが、本書は高原のカフェを舞台とした穏やかな食べ物系小説です。
食べ物がテーマの話はなんでこんなに魅力があるんでしょうか。
高原にカフェをオープンした女性店主を主人公に、良くも悪くも田舎の濃い人間関係とほろ苦い人生の1ページが爽やかな風景と美味しそうな料理と共に描かれる”美味しい”一冊です。
ちなみに表題のベーコンサンドは、ある有名な英児童文学から来ているのですが、子供のときに読んだきりの私は、「え?そんなシーンあったっけ?」と読み返したくなりました。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
東京の女性誌編集部を辞めた奈穂は、そこでカフェ「Son de vent(ソン・デュ・ヴァン)」をオープンさせる。
上質なバターやベーコンを生産する「ひよこ牧場」、自家製天然酵母のパンが人気の「あおぞらベーカリー」、ベリー類を生産する「斉藤農園」、地元の食材を取り入れた奈穂の料理は地元の人々にも受け入れられていく。
カフェを訪れる人々の十人十色の”事情”と、それにそっと寄り添う奈穂の姿が爽やかな高原の風景と美味しそうな料理と共に描かれる温かな作品。
おすすめポイント
・美味しそうな食べ物が出てくる小説が好きな方におすすめです。
・読みやすく、サッと読める娯楽小説を探している方におすすめです。
主人公・奈穂の人柄
少し寂れたリゾート地・百合が原高原にカフェをオープンした奈穂が、地元の食材を使った料理で、訪れた人々を温かく迎え、自分の心の傷とも向き合っていく、という、悪く言えばこういった小説ではよくあるパターンのストーリーなのですが、嫌味なくサラっと読めてしまうのは、主人公・奈穂の人柄故でしょう。
結婚の失敗を機に、東京の大手出版社を退職してカフェをオープン。人当たりもよく、そつがなく、多分仕事もできる、といういつもの私なら「はい!もうムリ!」と投げ出してしまいそうな人物像です。
絶対に一緒に働きたくないタイプです。
実際、話中で地元の農家の主婦・小枝からこう言葉を投げつけられます。
「わたし……わからないのよ。どうしてあなたみたいな人が、東京を捨ててこんなとこに一人でやって来たのか。わたしも東京で働いていたことがあるからわかるの。あなたはきっと、仕事が出来て、都会で暮すのが似合ってて、東京で成功できるタイプの人だった。けっこういいお給料もらってバリバリ仕事して、センスのいい部屋で暮して。そういう人だったはず。違う?」
こういう言い方をされた場合、決してそれは誉め言葉ではなく、後から妬み嫉み愚痴泣き言のオンパレードになるものですが、この場合もやはりそうで、小枝は詮索好きな狭い村社会と夫の浮気にストレスが限界に至り、家を逃げ出してカフェにやって来たのでした。
物語上、”善人(いい意味ではない)”は、その空想性から時として読者を苛つかせるものですが、この小説がそういったストレスと無縁なのは、奈穂が全くの善人というわけではないことが、それとなく読者に伝わるからでしょう。
結婚生活に失敗した直接の原因は、夫のモラハラにありますが、そもそもが人の性根を自分の力で変えることができると安易に信じた傲慢さが奈穂自身にもあったからこそ、双方身を割かれる結果になったのです。
ここで、万引きとか詐欺恐喝とか、不倫とか、あからさまに悪いことをしていると、逆に白けてしまうのでバランスが難しいのですが、本書の主人公は、その善性と悪性のバランスが絶妙で、そこがこの小説をサラっと読ませてくれる大きな要因になっていると思います。
夢を叶えた後どこへ行くのか
個人的に興味深いのが、本書が”高原で店を成功させる”という夢の途中を描きながら、その夢の先すら描いてしまっている点です。
奈穂と同じく東京からの脱出組である「あおぞらベーカリー」の伊藤夫妻は店をオープンしてから早十年、提供する天然酵母パンは県外からも客が来るほど人気があります。
そこに至る努力は並大抵ではなかったものの、伊藤夫妻の”夢”はほぼ叶えられてしまった、と言えます。
しかし、そこに大手リゾートホテル「リリフィールド・ホテル」がやって来たことで、夫妻は岐路に立たされます。
現状のパンでも「あおぞらベーカリー」のパンを愛してくれている客は沢山います。
しかし、夫妻は「リリフィールド・ホテル」のレストランが提供するパンの高い技術力に圧倒されます。それは、夫妻が今まで考えなかった「これから」を考える契機となります。
「今のままでいいのか、このままただ、夫婦で歳をとって、やがてフェイドアウトする、それでいいのか」
夢を叶えることは美しい、でも夢を叶えた後、どこへ行けばいいのか。
本書は優しいだけではない、少しほろ苦い味も楽しませてくれる大人の娯楽小説でした。
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