『揺籠のアディポクル』市川憂人 | 【感想・ネタバレなし】『ジェリーフィッシュは凍らない』作者が放つウイルスが蔓延する世界での切ないボーイミーツガールミステリ
今日読んだのは、市川憂人『揺籠のアディポクル』です。
デビュー作『ジェリーフィッシュは凍らない』から続くマリア&漣シリーズは、その怜悧かつ精緻なトリックと個性豊かかつ的確なキャラクター描写で、大好きなミステリシリーズの一つなのですが、シリーズものが強いだけに、ノンシリーズの出来はどうなの??、と失礼ながらちょっとドキドキしながら手に取りました。
面白かったです!
完全に孤立した無菌病棟という舞台、未知の病気で収容されている少年少女、コロナ禍の今読むにふさわしい舞台設定に、ヒタヒタと迫るような恐怖や焦燥感、切ない余韻を残す真相、本格ミステリはこれだから面白い!と嬉しくなるような一冊でした。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
- あらすじ
- おすすめポイント
- そして誰もいなくなった?
- 無垢な少年少女という”要素”
- 結末の美しさ
- 今回ご紹介した本はこちら
- 市川憂人の他のおすすめ作品
- 本格ミステリのおすすめ作品
- 青春小説×ミステリのおすすめ作品
あらすじ
ウイルスも入り込むことのできない完全独立無菌病棟、通称『クレイドル』の二人だけの収容患者、タケルと隻腕の少女・コノハ。
医師の柳と看護師の若林に見守られる穏やかな日々は、大嵐の日、飛来した貯水槽が渡り廊下を寸断したことで破られる。
目覚めたタケルを待っていたのは、血塗れのメスと胸を刺されたコノハの死体。
二人だけしかいないはずの病棟で、一体だれが彼女を殺したのか。
おすすめポイント
・本格ミステリが好きな方には絶対におすすめです。
・切ないボーイミーツガールが好きな方にもおすすめです。
・未知のウイルスが重要なキーワードになるので、コロナ禍の今読むと違った新鮮さが味わえます。
そして誰もいなくなった?
著者のデビュー作『ジェリーフィッシュは凍らない』は、21世紀の『そして誰もいなくなった』との呼び声の高い作品なのですが、本書も『そして誰もいなくなった』への新たな挑戦状と言えるかもしれません。
何しろ、本格ミステリでいうところのクローズドサークルにあたる無菌病棟『クレイドル』に閉じ込められる登場人物はたった二人!
しかも、そのうちの1人である少女・コノハは物語のはじめに死体となって発見されてしまうので、残る1人は主人公であるタケルのみ。
これでは、テンプレの「殺人犯となんていられるか! 俺は部屋に帰る!」的な行動も取れませんね。
他の登場人物は、病気である2人の診察をしていた医師の柳と看護師の若林の2人ですが、嵐の夜、飛ばされた貯水槽が渡り廊下を分断したせいで、『クレイドル』は完全に独立してしまいます。
クローズドサークルもののミステリとしては、あまりにも登場人物が少なく、長編ミステリとして成立するのか?、と、序盤は色々な意味で心配しながら読み進めました。
しかし、これがびっくりするくらいドキドキハラハラで、次から次へと発覚する新事実にページをめくる手がとまりませんでした。本当に。
しかも、変化球的な設定のくせに、本当に王道の本格ミステリで、”ミステリ”という言葉だけで、ソワッとしてしまうミステリマニアには垂涎ものだろうな、と思いました。
無垢な少年少女という”要素”
マリア&漣シリーズでも常々感じているのですが、この著者の文章は、心地よい冷たさというか、難しい話もスルスル頭に入ってきてしまう分かりやすさと、無駄のないスッキリとした文体が上手に同居していて、何だか自分まで頭が良くなったような気分になります(なるだけ)。
ともすると、未分化の少年少女の淡い感情の表現とは相性が悪そうにも思えるのですが、むしろ、煩雑な描写が省かれている分、主人公ら二人のお互へ向ける感情の変遷がリアルに感じられます。
また、驚くべきことに、主人公らが無垢な(未だ性欲と切り離されたかのような)少年と少女である点も、このミステリを成立させる重要なキーワードとなります。
登場人物のキャラクター性が、”ボーイミーツガールという物語の骨子”と”本格ミステリの要素”とを同時に担っている点は、本格ミステリを”物語”のなかで語るうえで、非常に評価が高いのでは、と思いました。
結末の美しさ
ネタバレはしたくないので、つらつらは書きませんが、無垢なる少年と少女が至った美しくも切ない結末を是非堪能してほしいと思います。
しかし、この著者は風呂敷の広げ方も上手ければ、たたみ方もクレバーな印象で、種明かしから結末までの流れも、くだくだしいことは書かず、さっとたたんでしまう潔さが、個人的にとても好みです。
あと、仕掛けるトリックや物語の構成から受ける怜悧な印象と、其処此処の表現から垣間見える意外にロマンチックな一面とのギャップも好印象です。
今回ご紹介した本はこちら