『硝子のハンマー』貴志祐介 | 【感想・ネタバレなし】自称:防犯コンサルタント(本当は泥棒?)が挑む驚愕の密室トリック、防犯探偵榎本シリーズ第1作
自称:防犯コンサルタントで本職は泥棒?な榎本が密室に挑む榎本探偵シリーズの第1作目です。
泥棒が密室に挑むという斬新な設定も面白いですし、鍵や監視カメラに関する豊富なミニ知識も、へえ~、と感心されられっぱなしでした。
探偵役・榎本の食えないキャラクターもカッコいいですし、弁護士の青砥先生の熱血さもワトソン役として好感が持てます。
もちろん、アクロバティックなトリックにも、あっと言わされました。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
社長室に至るエレベーターには暗証番号、廊下には監視カメラ、窓は銃弾にも耐える強化ガラス。
続き扉の隣室で仮眠をとっていた専務が逮捕されるが、新米弁護士・青砥純子は専務犯人説に疑問を覚え、防犯コンサルタントを名乗る榎本径に調査を依頼する。
しかし、榎本は防犯の専門家というより、本職の泥棒のようにも思えて......。
鉄壁の密室に、侵入の専門家が挑む。
おすすめポイント
・細かい動機などはさておき、とにかくアクロバティックなトリックに驚かされたい方におすすめです。
・密室ものが好きな方におすすめです。
・鍵、ガラス、監視カメラなど防犯に関する雑学が豊富に盛り込まれているので、色々と勉強になります。
密室は難しい
素人ファンの考えですが、”密室”は魅力的なネタですが、新たに楽しめるものは困難では?と思っています。
こういう風にすれば、密室の状態でも人が殺せる、という密室のトリック自体を楽しめていたうちは良かったのですが、こう技は出尽くした今では、純粋に、「それはそうとして、なんでそんな面倒くさい真似をしてまで現場を密室にする必要が?」という疑問が出てきてしまうからです。
トリックを強固にすればするほど、バレたとき犯人もすぐ分かってしまうので、犯人側の利点がほとんどないんですよね。
誰でもその部屋に入れたけど、犯人を絞り込む決定的な決め手がない、というのが、一番面倒な状況だと思います。
でも、それでは密室ではなくなってしまいますよね。
なので、最近の作品は、別に意図したわけではないけれど、自然と密室になってしまった、というパターンが多い気がします。
自殺だったのを隠そうとして第1発見者が部屋に細工した結果、密室状態になってしまったり、たまたま雪が降ってきたせいで状況的に密室になってしまったり。
それはそれで面白いのですが、人が意図的につくりあげた強固な密室に、探偵ががっぷり取り組む古典的なスタイルは、ロマンに溢れていてやはり捨てがたく思います。
本書、『硝子のハンマー』はそんな愛すべき、古き良き”密室”の系統を受け着いた作品と言えます。
廊下には監視カメラ、エレベーターは暗証番号付き、ビル入り口には警備員、ネズミも潜り込めなさそうな”密室”で撲殺されていた介護サービス会社社長。
平成16年(2004)年の作品としては斬新にも犯人候補として新規開発中の介護ロボットが登場します。
(介護ロボットに世話をされるというのは、人情的にどうなのか?みたいな、今では到底理解しがたい議論も展開されていて、時代を感じます。)
この強固な密室のなかで、犯人は、如何に密室をつくりあげ、脱出したか。
泥棒と弁護士
これに挑むのは、自称:防犯コンサルタントの榎本径と新米弁護士・青砥純子のコンビです。
地味な外見ながら、シレっとした老獪な榎本と、有能ながらやる気が空回り気味の青砥先生のコンビはバランスが良く、このシリーズが後にドラマ化したのもうなずけます。
ただ、本書では、空回り気味ながら強い信念を持ち弁護士という職業にかけていた青砥先生が、続くシリーズでは頓珍漢な推理を披露し榎本や周囲の人間(時には犯人さえ!)を呆れさせるコメディリリーフ的なキャラになってしまったのはちょっと残念です。
でも、コミカルなキャラクターのほうが好きな方には、そっちのほうが面白いかもしれません。
遺族の応報感情、罪と罰
本書では、犯罪の加害者に課される罰と被害者遺族の応報感情との相克について深く言及されています。
本書が執筆された2000年代は、少年犯罪の厳罰化を望む世論が高まり、少年法改正の契機となった時期でもありました。
特に若年者の犯罪については、更生の機会を与えるため刑罰が軽くなる傾向があり、それが復讐を望む遺族の感情と衝突することがあります。
「若者というのは、いつの時代でも、どうしようもない矛盾の塊よ。社会を変革できるほど爆発的なエネルギーを持っているのに、ひどく傷つきやすくて、大人なら耐えられるくらいの、ちょっとしたことで壊れてしまう。……まるで、ガラス細工の凶器みたいに」
「そうかもしれません。しかし、問題は、ガラスのハンマーであっても、人は撲殺できることです」
人を傷つけ、同時に自身も砕けちってしまう硝子のハンマーである若者、彼らの背負う罪と罰、そしてその行為に追い立てていった社会の構造そのものについて、しばし思いを馳せずにはおられない台詞です。
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