書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『星に仄めかされて』多和田葉子 | 【感想・ネタバレなし】言語で繋がった人々は対話の果てに何を見るのか

今日読んだのは、多和田葉子星に仄めかされて』です。

先日書評を書いた『地球にちりばめられて』の続編にあたります。

失われた母国の言語を話す人を探す女性・Hirukoを中心に、言語の無限の可能性によって繋がった仲間たちを描いた『地球にちりばめられて』に続き、Hirukoの同国人・susanooのいるコペンハーゲンの病院を目指すそれぞれの旅の様子が描かれます。

朗らかな読み心地だった第一部に対し、悪意、傲慢、無関心、支配欲など負の要素も散りばめられていて、ラストの対話劇などはかなりスリリングでした。

しかし、結末に悲愴さは無く、次の旅路への明るい予感を感じさせました。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

失われた母国の言語を話す人を探す女性・Hiruko
言語に魅了された青年・クヌート
”性の引っ越し”中のインド系の男性・アカッシュ
グリーンランド出身のエスキモーの青年・ナヌーク
ナヌークの恋人でドイツの博物館勤務の女性・ノラ
福井で生まれた、歳を取らなくなった男性・susanoo
言語で繋がった人々は対話の果てに何を見るのか。新たな旅の始まりを告げる第2部

おすすめポイント 

・多言語的な小説に興味のある方におすすめです。

・国という枠組みが窮屈に感じつつある方におすすめです。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

同行したい旅

地球にちりばめられて』で登場した仲間たちは、それぞれsusanooがいるコペンハーゲンの病院を目指すのですが、ノラとアカッシュの旅の様子が一番好きだな、思いました。

しっかりしているけれど保守的なノラと、快活で身軽、ヨーロッパ中に知り合いのいるアカッシュの自分に無い部分を好ましく思います。

とりあえず今乗っている電車にしがみついてしまう私は、たとえそれが錆びついてこの先十年は動かない車両だと知っていても、すぐには降りることができないだろう。ところがアカッシュは、この電車はシベリア行きだと言われても、とりあえず方向が同じならばさっと乗り込んで、枝分かれ地点が来たら乗り換えればいいと思っている。

そんな保守的なノラですが、アカッシュの友人の伝手で、バイクでハンブルクに向かう羽目に(!)なったとき、当初は嫌がるのですが、何とバイクから降りたときには、自分も本格的にバイクに乗りたくなってきたと発言し、アカッシュを驚かせます。

確かに、旅をすると意外な一面に目覚めたりしますよね。

アカッシュのほうも、ノラと会話する時間を大切に感じ、二人は旅を通して友情を深めていきます。

旅を共にすると関係が深まったり逆に断絶したりしますが、この二人の旅にはぜひ同行してみたいです。

肩に手を置いてくれたこと

第1部である『地球にちりばめられて』に比べ、現実と夢を行き来するようなファンタジックな印象があります。

地球にちりばめられて』も本書もそれぞれの登場人物の視点が交互に入れ替わるのですが、本書ではじめて登場する、一同が会するコペンハーゲンの病院に勤める青年・ムンン(おそらく何らかの精神的な障碍をもつ)の視点は少々風変りです。

おもちゃの蛇が動いて医者を襲ったり、susanooを兄と思ったり、ラジオがひとりでに音楽を奏でだしたように感じたり、現実を認識する回路が私とは少々違っているようです。

ムンンは自分でも、「映画の中の出来事と外の出来事がごちゃごちゃになることがある。」と話しています。

しかし、その無垢さ故なのか、皆に嫌われている医師のベルマーや、悪意を胸に秘めたsusanooもムンンには心を開いています。

また周囲が考えている以上に、人物の本質や場の性質を鋭くとらえている一面があります。

本書のラストでは、susanooの隠された悪意と支配欲が周囲の人間に牙をむきます。

読者は、susanooの支配欲と催眠に登場人物が毒されないかハラハラしますが、クヌートの純朴や、アカッシュの賢明さ、Hirukoの強靭さ、ノラの包容力の前に、susanooの悪意は力を失っていきます。

そして、行き場を失った刃は、susanoo自身に孤立として跳ね返ってきます。

船に乗ってHirukoの故郷を探しに行く、というアイディアに皆が乗り気になるなかで、一人躍起になって水を差そうとするシーンは、孤立していくsusanooの姿を痛々しく映し出します。

オレはやけになって船の旅をとめようとあがいた。しかし、内心、オレ一人対残り全員では勝ち目がないことは察していた

しかし、そんな自分の悪意故に窮地に陥ったsusanooにも純粋な優しさから手を差し伸べる存在が現れます。

susanooはけして良い人間とは言い難いですが、彼のような人間の肩にも手を置いてくれる存在があるという物語に、読者はある種の救済と希望を感じます。

本書が、決して明るいだけでない人間の内面を描きながらも、最後には人間への捨てきれない希望を感じさせるのも、どんな人間にも救いを用意してくれているからなのかもしれません。

旅の仲間たちの、次の物語が楽しみです。

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