『死にふさわしい罪』藤本ひとみ | 【感想・ネタバレなし】天才的な数学系男子が挑む謎としたたかな大人たち
歴史小説の大家というイメージがあったのですが、数学が得意な高校生が主人公のミステリということで、ちょっと気になって読んでみました。
ところどころ見え隠れするペダンティックな趣味と、決して善人ではないのに、憎めない登場人物が忘れられない一冊でした。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
おすすめポイント
・読むだけで知識が得られる衒学趣味な物語が好きな方のおすすめです。
・人物描写の濃いミステリを読みたい方におすすめです。
ミステリとして読まない
本書は一応、疾走したヒロインの夫の秘密を追うというミステリの形をとっているのですが、本格ミステリとして気張って読むと、楽しい所をむしろ見逃してしまうと思います。
なぜなら、思わせぶりに登場しておきながら、特に真相には関与しない人物描写や、伏線のように見えて実は伏線ではない事柄が結構あるからです。
本格ミステリばかり読んでいると、全ての描写が罠に思えるばかりが、全ての事象が最後の真相に収束していくと思い込んでしまう病気になるな、と反省しました。
本書の見どころはむしろ、どんな困難で抑圧された状況にも強かにあろうとする人間のしたたかさと、それぞれ長けた能力を持つ人物が主人公に知恵を貸してくれることのたのもしさ、楽しさでしょう。
能力豊かな友人たち
主人公の和典は、天才的な数学の才能があるのですが、対人関係が少々苦手で最近彼女にフラれたばかり。
目の前の課題に、あくまで数学的なアプローチで迫ろうとする態度は、はたからみると滑稽なところがあって面白いです。
和典を取り巻く友人も個性豊かで、自然科学オタクで羊のようにのんびりした小塚くん、歴史愛好家でフランス語も読めちゃう美門くん。
さすが進学校ですね、と言いたくなります。
これら、知識豊かな友人たちが、折に触れ和典くんをサポートしてくれるのです。
頼もしい!、と同時に、これほどの知識を自分は高校生のときに(いや、今でも)持っていただろうか、と己が身を恥じ入る気持ちです。
強かな大人たち
高校生たちも瑞々しくて良いのですが、大人組も負けてはいません。
特に印象に残る登場人物は、和典の叔父と、物語のキーパーソンとなる老少女漫画家・理咲子でしょう。
まず、冒頭で描写されるエリート一家のなかで、落ちこぼれ扱いされているお人好しの叔父さんの姿には、胸が痛くなるものがあります。
それでも、和典は叔父さんの人柄を素数のようだと思います。
「叔父さんには、座右の銘ってありますか」
それを聞けば、これまでどうやって生きてきたのかがわかるだろう。
「大切にしている言葉でもいいです。教えてください」
叔父は口を閉ざす。考え込んでいる様子だった。どんな答が返ってくるか想像もつかない。それを待っていると、やがてはにかむような笑みと共に唇を動かした。
「置かれた場所で咲く、かな」
その静かな佇まいを、どこかで見た気がした。思い出そうと頭をめぐらせていて、気が付く。素数に似ているのだ。全ての数の原点である1と、自分自身でしか割り切れない整数。仲間を作らず唯一人で立ち、凛として存在する孤独な数。
また、往年の少女漫画家の理咲子は、当初はわがままで非常識で、未だ王子様願望を持つ少女趣味な老女として登場しますが、徐々に奥深い人間性が露わになります。
さすが、創作に一生を捧げたことのある人間だけあって、人生経験豊富で会話もウィットに富み、得意の数学の話を求められ喜々として語った和典ですが、見事にバッサリ切られてしまいます。
「あなたの話って、なんか面白くないわ。退屈」
興が乗っていただけに、ムッとし、黙り込む。
「たぶん自分の世界を語るだけで満足しているせいよ。独り言を言ってるみたいに、自分から流れ出したものを自分で吸い込んでいる。自分の中だけで完結してしまってるから、広がりがなくて、他人が入っていけないの。っていうか、入って行こうって他人の気持ちを削ぐのよね。勝手に言ってろって感じになるわ」
めっちゃずけずけ言われてるやん、って感じですが、まあ、その通りで、そんなんだから彼女にフラれるんだよー、と読者的にはニマニマしてしまいます。
でも、こういう男の子って若い時はいたな~、と懐かしく思いだしました。
和典の叔父と理咲子は、一見すると、人生の落後者と成功者と正反対ですが、人生に対するしたたかさというか、襲いかかる困難を自分の力で消化する強さは、よく似ています。
この年になると、高校生より大人の登場人物に感情移入するよね、という話でした。
今回ご紹介した本はこちら
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