書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『儚い羊たちの祝宴』米澤穂信 | 【感想・ネタバレなし】最後の一行が密やかな衝撃をもたらす、物語の夢想に魅せられた全ての者に贈られる連作ミステリ

今日読んだのは、米澤穂信 『儚い羊たちの祝宴』です。

初出は2007~2008年なので、比較的初期の米澤穂信の文章を楽しむことができます。 

名家のお嬢様たちが遭遇する悪夢のような五つの事件をめぐる連作短編です。

夢想的で時に冷笑的な文章で描かれる陰惨な事件と、すべての物語の影に見え隠れする「バベルの会」という名の読書サークルの正体が、短編と短編の間をつなぎます。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

名家の子女が集う読書サークル「バベルの会」をめぐる5つの陰惨な事件。
毎年、夏合宿の直前に起きる凄惨な事件(身内に不幸がありまして)。
屋敷の離れに軟禁された長男が描いた絵に込めた秘密(北の館の殺人)。
別荘を預かる召使いの不可解な行動(山荘秘聞)。
忠実な召使いの真意とは何だったのか(玉野五十鈴の誉れ)。
成金の父親が雇う厨娘の秘密と、その娘の悪夢のような企み(儚い羊たちの晩餐)。
最後の一行を読むとき、時に背筋が凍り、時に冷たい笑いがこぼれる、連作ミステリ。

 おすすめポイント 

最後の一文で落とすことにこだわった、と紹介にある通り、「最後の一撃」を楽しむことができる本格ミステリです。

次々と出てくる文学作品の名前と物語との関わりも本書の醍醐味です。

 

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

身内に不幸がありまして

読書サークル「バベルの会」の夏合宿の二日前、令嬢・丹山吹子の家で陰惨な事件が起きる。そしてその翌年も翌々年も…、というお話です。

吹子が秘かに読んでいる小説作品が、ある伏線となるのですが、これは、その作品を読んでいる人間なら、すぐ分かる仕掛けなので、伏線とも言い難いかもしれません。

しかし、ラスト、タイトルの意味が分かるとき、ぞっとする思いと、見事に落ちがついた快感が同時にやってきて、「世にも奇妙な物語」を見た後的な満足感が得られました。

北の館の殺人

名家・六綱の屋敷の離れ「北の館」に幽閉されている長男・早太郎とそれを監視する役目を負った妾の子・内名あまり。早太郎はあまりに不可解な買い物を頼むが……。

こちらもある程度の知識が、不可解な買い物の目的はすぐに分かるのですが、それよりも、ラストの落ちによって、冒頭の文章の意味合いが変わってくるのが、すごく面白いです。ふふふ。

山荘秘聞

この連作短編のなかで、唯一の、"単純に笑える"話と言えます。

山荘を預かる優秀な召使いの"待望のお客様"。

これ以上何を書いてもネタバレになりそう……。

玉野五十鈴の誉れ

苛烈なほど家名にこだわる祖母に育てられた小栗家の跡継ぎ・純香と、純香のお付きを命じられた玉野五十鈴。

しかし、伯父が引き起こした事件により、屋敷に純香の居場所はなくなる。

純香にとって唯一のよすがであった五十鈴の真意とは一体何だったのか。

解釈が人によって様々であろう短編です。五十鈴は一体、どういう少女だったのか、というのが話の肝になります。私は、命令に忠実でありつつ自己をその中で表現することが、五十鈴という少女の誉れだったのでは、と思います。

儚い羊たちの晩餐

かつて華やかに「バベルの会」が開催された、今は荒れ果てたサンルームに残された一冊の日記に描かれたおぞましい秘密。

個人的には「メデューズ号の筏」という大好きな絵が登場したことが嬉しいです。

本書には、アミルスタン羊という食材が登場します。スタンリイ・エリン『特別料理』からとられたこの名前も、先の「メデューズ号の筏」と合わせて、暗い笑いを誘います。

メデューズ号の筏」の詳細については、こちらから

メデューズ号の筏 - Wikipedia

儚い者たちとは

本書で、「バベルの会」の会員たちは、「幻想と現実の間の強固な壁を内心持たない者、またはその壁が少し脆い者」と言及されています。

それは、あるいは、物語を通してしか現実と触れあえない病を持つ私たちのよいな者を指すのかもしれません。

この本を読むことこそ、致命的な夢想家の集う「バベルの会」の祝宴に参加することに他ならないのかもしれません。

今回ご紹介した本はこちら

米澤穂信の他のおすすめ作品

rukoo.hatenablog.com