『エチュード春一番 第三曲 幻想組曲』荻原規子 | 【感想・ネタバレなし】平将門の物語を蝦夷の少女の視線で再構築する。シリーズ第3巻。
今日読んだのは、荻原規子『エチュード春一番 第三曲 幻想組曲 [狼]』です。
八百万の神の一柱を名乗る白黒のパピヨン・”モノクロ”と同居する女子大生・美綾の生活を描いたファンタジーシリーズの第3巻です。
1巻2巻の感想はこちら↓
美綾の学生生活が主だったこれまでと打って変わって、今作ではいきなり平安末期にタイムスリップします。
平将門という実在の人物の物語や歴史をファンタジーに再構築する手法は、これまで勾玉シリーズなどで見せてきた荻原規子の真骨頂といったところでしょう。
個人的には、この間、古川日出男訳の『平家物語』を読んだ後だったので、余計楽しかったです。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
おすすめポイント
・歴史を独自解釈した系の物語が好きな方におすすめです。
・等身大かつ好感の持てる女性主人公の物語が読みたい方におすすめです。
・仄かな恋愛要素がある小説をお求めの方におすすめです。
平将門の時代へタイムスリップ
本書は軍記物語である『将門記』を読んだ美綾が、モノクロの力でタイムスリップして実際の将門を見に行く話なので、『将門記』を先に読んでおくと更に楽しめるんだろうな、と思いながら読みました。
歴史上の武将なので仕方がないのですが、似た名前の登場人物が多い&血縁姻戚関係が複雑で、恥ずかしながら、頭の中で登場人物表と家系図を思い浮かべることがなかなか大変でした。
ですが、そういった些末なもの吹き飛ばすくらい物語自体が面白くて、そこはさすが荻原規子でした。
蝦夷の巫女・ユカラ
平安末期の軍記ものという堅い話を、柔らかな印象のファンタジーへとメタモルフォーゼさせているのは、やはり主人公の美綾と彼女が宿ってしまう蝦夷の少女・ユカラの存在だと思います。
将門の従者をユカラは、大和の人間からは下に見られているのですが、実は蝦夷の一族のなかでは、巫女のような存在と大の男からも敬われていて、馬の扱いが巧みで、弓に長けていて、”山の民”と呼ばれる狼たちとも意思疎通できる大分すごい少女です。
でも本人は将門を狙う”えやみ”から彼を守るという自分の使命に一生懸命で健気です。
ユカラと体を共にすることになる美綾も、そんな彼女の想いに同調し、歴史は変えられなくても、彼女の願いは手助けしてあげたいと思うようになります。
美綾自身も当時の建物や人々の暮らしぶりに興味津々で、好奇心旺盛で知性的な面をのぞかせます。
この二人の少女がとても好感のもてる人柄なのが、物語をストレスなく読める一因かな、と思います。
美綾と黒田くんの関係
1巻2巻と続いてきたモノクロとモノクロの人間体・黒田くんとの関係も大分進んできたな、という感じです。
また、1巻2巻では、普通の女子大生・美綾と対比させることで、モノクロ(黒田くん)の人間と異なる思考が強調されていたように思うのですが、3巻では、むしろ美綾の人間性がクローズアップされたと感じます。
美綾は将門やユカラやそれを取り巻く人々について、よくよく観察し考察するのですが、黒田くんは神なのでそういったことが苦手で、美綾のそういった態度に感心する場面が随所にあります。
「みゃあは、そういうのが好きだね」
「そういうのって、何」
「人間と人間の関わり具合かな。いつも考えてる」
美綾は眉をひそめた。
「好きだからじゃなくて必要だからだよ。人の社会で生きていくには」
「でも、きみ、この社会に生きていないよ」
美綾が、人のことをよく見ていて、思慮深く、また人に想いを寄せることのできる優しい女の子であることが良くわかります。
黒田くんはどこまでいっても神なので、根本的に美綾の価値観とは相いれないし、しかも、本体は「わし」「おぬし」とかしゃべる犬だし、2人(1人と1柱?)の関係はこれからどうなるの?、とやきもきしてしまいます。
早く4巻が読みたいです。
今回ご紹介した本はこちら
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