『エチュード春一番 第一曲 小犬のプレリュード』荻原規子 | 【感想・ネタバレなし】春、八百万の神を名乗る犬と出会った。不安と期待に揺れる新生活と幼い日々のほろ苦い後悔が交錯するちょっと不思議なファンタジー
今日読んだのは、荻原規子『エチュード春一番 第一曲 小犬のプレリュード』です。
今作は、八百万の神と名乗る犬(!?)と同居することになった女子大生という設定で、神との同居という非日常と大学生の生活という日常の描写、両方を楽しめると期待が膨らみます。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
おすすめポイント
・大人も楽しめるファンタジーを読みたい方におすすめです。
・ちょっと不思議な青春小説を読みたい方におすすめです。
八百万の神を名乗るパピヨン
主人公の美綾は、この春、大学に合格したばかりの新入生です。
両親と弟は転勤でイギリスに居を移したため、実家には一人暮らし。
慣れない一人暮らしにもたついているとき、家に白黒のパピヨンが迷い込んできます。
モノクロと名付けたパピヨンを仕方なく面倒を見る美綾ですが、なんと犬が突然しゃべりかけてくるという事態に遭遇します。
八百万の神を名乗るパピヨンは、もう一度人間になるため、美綾にひっついて人間の感覚を学びたいと言いだします。
最初は、幻聴かと疑う美綾ですが、なんだかんだとこの奇妙な犬(神様)との同居を受け入れていきます。
一方、大学は、どのサークルに入るか悩んだり、再会した元同級生が意外にもイケメンになっていたことにドギマギしたり、母親に逆らって選んだ進路が正しかったか悩んだり、ごく普通の学生生活が展開します。
ごく普通の大学生である美綾が、しゃべる犬という非日常的存在を受け入れていく心理の流れが違和感なくさらっと描かれていて気持ちがいいです。
人間が真に怖れているもの
そんな波乱万丈な美綾の生活に、ある騒動がもちあがります。
大学で再会した小学校の時の元クラスメイトが、元同級生(イケメン)に幽霊が取り憑いているという言うのです。
しかもその幽霊は、美綾をいじめていた元いじめっ子で、15歳のときにバイク事故で亡くなった子でした。
普段の精神状態であれば、怪しいと思ってしまう話ですが、慣れない生活に心が揺れている美綾は、この話を真に受けてしまいます。
仮にも神を名乗るのだから、とパピヨンに相談しますが、人間の言う幽霊が何を指すのはよくわからん、という何とも頼りないもの。
ここの幽霊に関する神様の考察がなかなかはっとさせられます。
幽霊は怖い、あってはならない存在、という美綾に、
「あってはならないから怖いのではないだろう。あってほしいから作られた話だ。おぬしたち人間が、考えるのを避けたいほど怖いのは、他人の身勝手でどんなに悲惨な死に方をしようと、それっきり生命が終わる事実だ。報われないと考えるのは、当人でなく生き残った者の思念だな。だから、幽霊が報復することになる」
考えるのを避けたいほど怖れていること……。
なかなか含蓄の深い言葉です。
ほろ苦く幼い日々への懐古
そして、美綾は、15歳で死んでしまった男の子、自分をいじめていた香住くんの幽霊と向き合うことで否応なく、過去の自分の罪悪感を思い出すことになります。
なぜ、香住くんを忘れられなかったのか。
なぜ、いじめられても嫌い抜くことができなかったのか。
1人の人間のことを、良い悪い、好き嫌いではっきり区別できれば、どんなに楽だろうと思いますが、安易に人に関わり、傲慢にもその人を変えられると思い込んだばかりに、しっぺ返しを食らった経験が、誰しも一度はあるのではないでしょうか。
本書は、そんな幼い時期のほろ苦い後悔を成仏させるためのささやかな記録なのかもしれません。
過去を振り返った後には、未来が待っています。
母親に逆らい、迷いながらも選んだ美綾の進路がどうなっていくか、次刊を読むのが楽しみです。
今回ご紹介した本はこちら
次刊はこちら