書にいたる病

ものがたり大好き主婦の読書記録

『平家物語』古川日出男訳 | 【感想・ネタバレなし】無数の死者の声がこだまする日本屈指のギガノベルが現代の”声”で甦る

今日読んだのは、古川日出男訳『平家物語 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09)』です。

古川日出男のファンである私ですが、2016年に出版されたこちらは未読でした。

古川日出男オリジナル”じゃないしな~、という思いと、平家物語』という合戦もの=固そう・退屈そうというぼんやりイメージ、かつ池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」という一連のなかの9巻ということもあって、なんとなく手に入れずらいと感じていました。

そんなとき、なんとこの古川日出男訳『平家物語』が2022年1月よりアニメ化!というニュースが入り、すわ!一大事!と急遽手に入れ読み始めました。

heike-anime.asmik-ace.co.jp

そして先日ようやく読み終わりました。

まあ、長い長い! 

しかし、まあ面白い! まさに日本古典の雄。

男臭く堅苦しい合戦記を想像していたのに、この面白さは何なのか

一気に読み終わってしまいました。

描かれていたのは、愚かしく弱く儚くそれ故にどうにも愛しい人間・人間・人間の姿。

かなり原文に忠実に現代語訳されている(=くどくどしくなり易い)はずなのに、そこは古川日出男特有のリズミカルな語り口により、この物語が琵琶法師によって”語られた物語”だということを思い起こさせてくれます。

また物語の場は京都・滋賀を中心に、北陸、瀬戸内海・九州と広がるので、そこらへんに地縁のある方は、あの場所でこんなことが、という臨場感を味わえると思います。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

末法の世、混乱を極める政治、争いに次ぐ争い。
束の間の栄華を極める平家一門の興廃が多様な声で語られる日本古典史上のギガノベル。
男たちは、女たち、は歴史の動乱の一瞬に何を見たのか。
現代の魔術的話者・古川日出男が語りなおす『平家物語』の新しい真の姿。

おすすめポイント 

・『平家物語』って古典だし難しそう・退屈そうと思っている方にこそおすすめです。めちゃくちゃ面白いです。

・京都・滋賀に地縁のある方におすすめです(地名がばんばん出てきます)。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

平家物語は合戦記ではない?

なにしろ、平家がいわゆる軍記物語だと思い込んでいる人は仰天するだろうが、この作品には四巻めに至るまで合戦の描写はない、、、、、、、、、、、、、、、、。そこまでにあるのは、むしろ政治、政治、政治だ。あとは宗教。そして恋愛。(「前語り ーこの時代の琵琶法師を生むために」)

仰天しました。

そして、実際に読んでみると、描かれているのは、どこまでいっても人間のしょうもない姿なのです。

荒々しく合戦の場面などは最後のほうの一瞬で、大体がまるで大学のサークルの内部抗争のような、しょうもない諍いの連続なのです。

誰々がどこそこでこう言った、ああ言った、みたいな噂に尾鰭が付きまくった挙句、兵を挙げたり出家したり、人間て800年たってもたいして変わらないな、と嫌な意味で感心してしまいました。

こういう世界では、政治的にしたたかで情報に強い人間が生き残るのでしょうね。

特に、後白河法皇という人物のしぶとさ、政治強さ、悪運強さ、機を見る聡さには驚かされます。

この人物こそ、平家のキーマンと言えるのではないでしょうか。

平氏がこの法皇をしっかりマークできていれば歴史も少し変わったかもしれません。

しかし、この後白河法皇はどうにも好きになれないキャラクターです。

結局、そういう人物こそ生き残っていくのでしょうね。

それも今と同じですねー。

末法思想と平家一門の興廃

平家では男も女もやたらめったら泣きます。

この時代、末法思想(この世は釈迦の教えがすっかり廃れた時代だ、という思想)がはびこっていて、それに平家一門の一瞬の彗星のような興廃の姿が重なって、得も言われぬ無常観が醸し出されています。

基本的に、現世は穢土(穢れたクソみたいな世界)という認識があり、何とか人間に生まれ幸運にも仏の教えに巡り合うこともできたので、なんとか来世で極楽浄土に生まれ変わるのを狙う、というのがセオリーのようです。

なので、やたらめったら出家したがります。

いかにも愚かな人間の姿

この穢れた現世からはさっさとおさらばしたい、でもそこは人間だから、妻もあるし、子供のことも気にかかる。

平家はそんな人間の弱さにスポットライトを当てます。

清盛亡きあと、一門の総大将となった宗盛はかの壇ノ浦の戦いで負けた後も入水もせず、捕虜にされ晒されるという恥をさらし、それでもない自害もせず、いつ自分と息子が処刑されるか、怯え続けます。

処刑の日が迫る中、源氏方の義経の恩情により、高名な聖が呼ばれます。

聖に導かれるままに、ひたすら念仏を唱え、現世への未練と迷いを捨て去ろうとする宗盛ですが、首を斬られんとするその最後、ふと念仏をやめ「右衛門の督も、すでにか(息子はもう切られたのか)」とつぶやき、その直後に首が切られます。

結局、最後の最後までちっぽけで愚かな人間であることをやめることのできない宗盛という人間の姿がそこにあります。

そして、その姿に、周囲の人々はやはり涙するのです。

その姿は、弟の知盛が「見るべき程の事をば見つ。今はただ自害せん」と潔く入水したのと対照的です。

実際、物語のなかでも、兄である宗盛は愚かさ故に失策を続け、賢い弟であるところの知盛がそれに歯がみするという構図が何度かあるのですが、読者(聞き手)としては、知盛の堂々とした最期にも感心させられるものの、やはり宗盛のどうしようもない弱さにも胸を打たれるものがあります。

女たち

平家は男だけの物語か、といえば実はそうではないのです。

本書には実に数多くの女が登場します。

そして、一人の女として感想を言えば、武士の妻になんかなるもんじゃないな、というものです。

特に胸を打たれたのが、清盛の甥にあたる通盛の北の方の最期です。

一の谷の合戦で通盛が戦死したと聞かされた北の方は、泣き伏し乳母の女房に、

「それでね、聞いて。私が身重になったことは日頃は隠して言わないでいたでしょう。でも気が強いと思われまいと考えてお耳に入れました。孕みましたって。そうしたら、本当にうれしそうにあの人は言われた。『通盛はもうよわい三十になるが』と言われた。『これまで子というものがなかった』と言われて、あとは言わずもがなだった。そしてね、続けられたわ。『ああ、男子であってほしい。この世の忘れ形見にも思うばかりだよ。さて幾月ほどになるのだ。気分はどうなのだ。いつまで続くかわからない海の上、船の中の暮らしだから、穏やかに身二つになるには、さあ、どうしたらいいだろう』と訊かれるの。」

哀切の極みです。私はここで泣きました。

はじめて父親になったことを聞かされはしゃぎ、妻に「何か月になるの? 気分はどうなの?」と喜ぶ夫の姿は現代と変わりありません。

しかし、その夫も今はもう亡い。

こうして見ると平家は大局的な歴史を描きながら、同時にごく個人的な愛の話を語る稀有な物語なのではないか、と思います。

今回ご紹介した本はこちら

古川日出男の他のおすすめ作品

『30センチの冒険』三崎亜記 | 【感想・ネタバレなし】30センチのものさしが世界と彼女を救う!哲学香る異世界ファンタジー

今日読んだのは、 三崎亜記30センチの冒険』です。

主人公の男性が迷い込んだのは「大地の秩序」が乱れ、距離の概念がめちゃくちゃになった世界。

手には何故か白い「30センチのものさし」

そして、その世界で出会った不思議な女性・エナ

世界と彼女を救うため、30センチのものさしを握りしめ冒険に立ち向かう、というファンタジックな物語です。

典型的なボーイミーツガールであり、また寓意的な描写が散りばめられた哲学の香りさえ漂う何ともいえない魅力に溢れた作品です。

ハッとするような言葉が沢山あり、泣かせに来る小説ではないのに何故かぐっとくるものがあります。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

故郷に帰るバスに乗った”僕”ことユーリは突然、距離の概念がめちゃくちゃになった世界に迷い込み、そこに住む女性・エナに助けられる。
手には、覚えのない「30センチのものさし」が……。
「大地の秩序」が失われ、自由に移動することさえままならない世界で人々は滅亡の危機に瀕していた。
そして、「渡来人」であるユーリと出会ったことで、エナの時間が狂い徐々に若返るという現象に見舞われる。
世界の危機とエナを救うためユーリは、その世界には存在しないはずの「30センチのものさし」を手に冒険に立ち向かう。

おすすめポイント 

寓意的な物語、哲学的な物語が好きな方におすすめです。

ちょっと変わったボーイミーツガールが読みたい方におすすめです。

本がちょっと変わった形で登場するので、本好きの方・読書好きの方におすすめです。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

不思議な世界観

本書の特徴な何といっても、足元がグラつくような不思議な世界観です。

遠近の概念がしっちゃかめっちゃかになった世界

近くに見えているものに届かず、遠くに見えているものがすぐ近くにある世界。

高く見えるものが低く、低く見える者が途方もなく高い世界。

街を襲う「歪みの嵐」と、人々を連れ去る「鼓笛隊」

鳥のように羽ばたく「本」の群れ、砂嵐のなかを墓場へと歩んでいく「象」

地図を全て記憶するという「ネハリ」、人々を導く厳格な「施政官」、移動を司る測量士たち」。

それぞれが何のメタファーなのか、人々の行動が何を表しているのか、考えながら読む大人向けのファンタジーと言えます。

特に、何百もの本が鳥のように羽ばたいて空を渡っていく描写は、一瞬で映像が頭のなかに広がるような魅力的なシーンです。

本好きにほたまらないのではないでしょうか。

自らの使命を全うすること

本書には、個性的な登場人物が登場するのですが、そのなかでも印象的なのが”ムキ”という男性です。

ムキは代々受け継いだ何かの”訓練”を毎日欠かさず行っているのですが、その訓練が何のためのものなのか誰も、本人ですら知らないのです。

そのために、ムキは周囲の人々から軽んじられ、馬鹿にされています。

ムキの役目には一応名前があるのですが、「ー」と表現され、主人公のユーリには何故か聞き取ることができません。

どんなに馬鹿にされても、何のための訓練なのか分からなくても、ムキはいつか自分の役目が来ることを信じています

性格はお調子者おっちょこちょいコメディリリーフ的なムキですが、自分の使命を見失わないその態度から、物語中、主人公をはじめ、人の背中を力強く押してくれる役割を担っています。

どんなに馬鹿にされようと、ムキは自分の目指す先を見失っていない。そんなムキの言葉が、僕の胸に響いて離れなかった。

ハッとさせられる言葉

本書中、私が最も印象的だったのがこちらのセリフ、

「だがマルト、他人の人生を簡単に論じると、それはいずれ、自分に跳ね返って来るぞ」

この言葉が、街のリーダー的存在である「施政官」が、若きエリートである青年・マルトを諭す言葉なのですが、切れ味が良すぎてこちらまでぐさりとやられてしまいました。

若く有能で将来を嘱望されているマルトは、それ故に人の弱さに対し少々無理解さを示します。

簡単に、人を許せないと口にするマルトに、思慮深い「施政官」はたしなめる意味でこの言葉を口にします。

私も普段、周囲の人間の行動を、外側からあれこれあげつらっていることがあるので、このセリフにぐさっ!と来ました。

「不倫なんて絶対ありえないし許せない」って言ってた奴がよりにもよって不倫したりするしな~、と思いました。

何に書いてあったのかは忘れましたが、そういう人は自分の時だけは「純愛」だというらしいです。面白いですよね。

この他にも、刺さるセリフが沢山あるので、是非一読をおすすめします!

今回ご紹介した本はこちら

『鏡のなかのアジア』谷崎由依 | 【感想・ネタバレなし】チベット、台湾、京都、インド、クアラルンプール、幻想と現実のアジアを言葉の魔力が繋ぐ

今日読んだのは、 谷崎由依鏡のなかのアジア』です。

チベット、台湾、京都、コーチン、クアラルンプール、アジアの土地を舞台とした5つの短編が収録されています。

どの物語もアジアのそれぞれの都市の空気が匂いたつようで、幻想と現実の間でくらくらするような酩酊感を誘われます。

それでは、各短編の感想等を書いていきます。

あらすじ

チベットの僧院で夜、写経に勤しむ少年僧、雨のshito、shito降る村の奇妙な9つの家、鍋を囲みながら言語の魔力に想いを馳せる京都の学生たち、遥か昔、巨大樹だった男の過去と独白。幻想と現実のアジアを言語の力で飛翔する5つの短編集。

おすすめポイント 

幻想小説が好きな方におすすめです。

アジアの都市の空気感が好きな方におすすめです。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

各短編の感想

……そしてまた文字を記していると

チベットの僧院の年若い少年僧の静かな独白が語られます。

僧院は遥かな歴史を持ち、僧院の壁に描かれた色鮮やかな神々たちはチベットの遠く異国の顔立ちをしています。

興味深いのは少年僧にとって、世界とは何千巻、何万巻もの経典に封じ込められているもので、兄弟子たちと日々経典を書き写し、読経することで、閉じ込められた言葉により万物が再形成されていくと考えているのです。

 兄僧たちが日々、つややかな声を張りあげて経を読み、怠ることなく経典をひらくのは、そこにある文字を解きはなち、この世に拡散させるためである。一日も休むことはならない、と言われている。さもなければこの世界は端から欠けて、見る見る不完全なものとなってしまう。

世界から言葉が生まれるのか、言葉により世界が形成されていくのか、根源的な問いが、チベットの乾いた風に散っていく短編でした。

Jiufenの村は九つぶん

台湾の九份の架空の村が舞台です。

先の「……そしてまた文字を記していると」より一層幻想さを増し、マジックリアリズムの手触りさえ感じさせます。

9つしかない家で起きる不可思議な出来事、虚しい恋への夢想を三つ編みに込める姉、出稼ぎの行った夫の代わりに居座る男の世話をやく妻、妻を失い異食に走るやもめ。

小さな村で起きる出来事はすべて雨の中に吸い込まれていきます。

文章中の雨の擬態語が面白いです。

barabara、barrabarraの雨が、shoushouの細かな雨に変わってくると外に出た。

国際友誼

くるんと戻ってくるように舞台は京都に。

幻想性はなりを潜め、代わりに言語の不可思議に振り回される3人の学生の姿がユーモラスに語られます。

筆者の分身のような文学部の女子学生、台湾からの留学生のソウくん、ヘンテコな理屈を捏ねる英文科の男子学生、3者は京都の街をぐるぐる迷いながら、ちょっとクスッとするラストシーンへ誘われていきます。

友人がドルマンスリーブのブラウスを着ているのを見て、女子学生がノートに書きつける言葉がいかにも文学部の学生らしくて笑えます。

野守は見ずや・きみが・どるまんすりーぶ振る。

船は来ない

インドのコーチンが舞台。

最も短い短編で数ページしかありません。

年若い義母を迎えた少年が初めて盗みをはたらくシーンが描かれます。

盗んだのは、白蝶貝を連ねた銀細工の腕輪

義母への薄っすらとした思慕と、弟の誕生への予感に揺れる彼は地平線の向こうにそこから連れ出してくれる船を待ちます。

その船はまだ、やってこない。

天蓋歩行

主にクアラルンプールを舞台に、不思議な男の半生が語られます。

5つの短編の最後に相応しい重厚な読み応えがあります。

作中、屋敷の女主人から問われ、男は自分について語ります。

ーあなたはどこから来たのか。何をしてきた者であるのか。

私は答えた。

ー私はかつて森を狩猟に生きた者であり、その以前には虎であったが、それは束の間だけのことで、そのさらに以前には、長いあいだ木であった。

熱帯の巨大樹であったころ、男は菌類を介して周囲の木々の会話し、様々な生き物の住処となり、恐ろしい時間を老いていった、といいます。

茸を記憶の顔と呼んだのは、あの双子のKupur樹の弟のほうだった。

男の独白は、熱帯の樹木であったときの遠い記憶翠玉の丘の屋敷に下男として仕えたいつとは分からない過去現代のクアラルンプールで一人の女と暮らす今の3つの視座から為ります。

ビルが立ち並び通勤者で混雑する現代のクアラルンプールから、幻想的な熱帯の森へ、夢のなかのような翠玉の丘へ、読者はその時間と空間のめくるめく広がりに酩酊させられます。

私という人間は一つではなく、かつては何者かであったかもしれない、そんな夢想に取り憑かれる幻想的な短編です。

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直木賞受賞!『テスカトリポカ』佐藤究 |【感想・ネタバレなし】血と暴力の闇の底に恐ろしい神々が棲まう。麻薬ビジネスの闇を神話の闇に重ねて描き切ったノワール

第165回直木賞に佐藤究さんの『テスカトリポカ 』が受賞されました!

アステカの恐ろしい神々の世界と血と暴力に満ちた麻薬ビジネスの世界の混沌たる神話。

江戸川乱歩賞の『QJKJO』からずっと面白いと思っていた作家さんだったのですごく嬉しいです。

あらすじ

現代の麻薬密売業界の世界に身を置く男たちが残酷な運命のなかでめぐり逢い、

心臓密売という新たなビジネスに手を染めていく。

メキシコ、ジャカルタ、川崎、世界中に広く深く根差す麻薬資本主義の世界、

そして背後に、古代アステカ文明の残酷な神々の影がちらつく。

圧倒的な筆力で描かれる現代の暗黒神話

普段見ている世界が裏返るー暴力への崇拝

まるで私たちが普段見ている世界とは全くの別世界の話のようだが、実は違う。

私たちは普段、ドラッグを、分別を知らない若者や不心得な芸能人、そういった自分たちとは全く違う人種が、路地裏か自宅、どこかのクラブか、とにかく自分とは関係のない場所でこそこそと嗜まれているものと考えている。

しかし、ドラッグは生産、流通、販売まで、組織的に管理され、麻薬密売人は莫大な利益を得る。

その莫大な利益、生産性は、麻薬そのものの中毒性よりも強く人を支配する。

カルテルはコロンビアやペルーに専属契約の農場を持ち、コカイン生産量を管理し、製造、輸送、分配までをみずからおこない、政治家、官僚、警官らを買収して、彼らを麻薬ビジネスの内側に取りこみながら、新しい資金洗浄法を常に考えている。誘拐、拷問、殺人などの計画的な実行も業務の一部であり、壮大なスケールの犯罪企業体を無数の麻薬密売人ナルコが支えている。(p009)

まさに、「暗黒の資本主義人ダーク・キャピタリズム」だ。

私が生きている間でおそらく、ちらとも目に触れない世界だが、それは確かに存在する。

読み進めると、自分の立っている地面がぐらぐら揺れるような、漠然とした不安を感じるが、それが意外にも心地よい。

凄惨な裏切り者の拷問、アステカの神々への残酷な儀式の描写に、くらくらしながらも憑かれたようにページをめくってしまう。

本書は、人が皆持つ暴力への崇拝心を刺激する。

本書のなかでは、人の命はあまりに軽く、ラップを切るようにパスパス殺されていく。

あまりにもあっけなく殺されていくので、だんだん、そうすることが正しいことのように思われてくる。

 

思考の停止が悪をもたらす

印象的な出来事がある。

作中、人体の密売に手を染めながら、唯一、良心を持ち自らの罪に苦悩する男は、仲間内からは「家族ファミリア」ではないと蔑まれ、「家族ファミリア」内での名を持たない。

一方、心臓を摘出する子供を全国から集める役割のコカイン中毒の女は、自分は虐待児童の保護をしていると盲信している。彼女は自らの罪に無自覚ながら、「家族ファミリア」から女呪術師マリナルショチトルの名を与えられている。

両者は、闇の世界にどっぷりと浸かった他の登場人物とは違い、凡庸とも言えるが一応良心を持ち、読者が所属する一般の世界に近い感性を持っているといえる。

ではなぜ、彼女は女呪術師マリナルショチトルの名を与えられているのか。言いかえると、暴力の世界の住人と認められているのか。

それは、思考の停止、他者に対する最大の悪だからではないだろうか。

彼女は、明らかに不自然な上司(実はヤクザ)の言動を信じ、全国から虐待されている子供たちを次々と集めていく。子供たちはあるお寺の地下(住職もグル)に集められ、ある日どこかに連れていかれ、二度と戻らない。報酬として不自然に高い金額が提示される。どう考えても、犯罪だが、彼女は、子供が海外で養子縁組されているという説明をただ受け入れ、自分はいいことをしていると信じている。決して、それ以上のことを考えようとはしない。

彼女が思考を停め、コカインに夢中になっている間に、子供たちは確実に殺されていく。

ハンナ・アーレントアイヒマン裁判において、思考を放棄した凡庸な人間こそが人類最大の悪を犯すことを主張したが、同様に、彼女も私たちも思考を停めたとき、人間性を失い、知らず他者への暴力を犯す

それは、自覚的に罪を犯すことより、恐ろしいことなのかもしれない。

本書の終盤、良心を持つ男は良心に従うことを決断し、女は、

私はコカインをやめられる。

と、独白する。彼女が本当に麻薬及びその暴力の世界から逃げることができるのか、それは誰にも分らないだろう。

彼女が足を踏み込んだ闇の深さに比べると、この独白があまりにもちっぽけで無力に思われてならない。

今回ご紹介した本はこちら

佐藤究の他のおすすめ作品

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芥川賞を全作読んでみよう第4回その2『地中海』冨澤有爲男 |【感想】地中海の朝焼けに溶けていく二人の男の友情。純文学とは思えないドラマティックさにドキドキが止まらない

芥川賞を全作読んでみよう第4回その2、冨澤有爲男『地中海』をご紹介します。

芥川龍之介賞について

芥川龍之介賞とは、昭和10年(1935年)、文藝春秋の創業者・菊池寛によって制定された純文学における新人賞です。

受賞は年2回、上半期は、前年12月から5月までに発表されたものが対象、下半期は、6月から11月までに発表されたもの、が対象となります。

第四回芥川賞委員

菊池寛久米正雄山本有三佐藤春夫谷崎潤一郎室生犀星小島政二郎、佐々木茂索、瀧井孝作横光利一川端康成

第四回受賞作・候補作(昭和11年・1936年下半期)

受賞作

『普賢』石川淳

『地中海』冨澤有爲男

候補作

『梟』伊藤永之介

『滅亡の門』『歳月』川上喜久子

 

同時受賞の『普賢』について

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受賞作『地中海』のあらすじ

パリで絵画を学ぶ学生・星名は、知己であり人妻である桂夫人に対し恋情を抱き、友人の数学者・児島に相談を持ち掛ける。児島は10以上も年下の星名を恋に対する指南を授け、星名は遂に想いを遂げるが、夫である桂氏に秘密が暴かれてしまう。

感想

端正な筆致による美しい風景とドラマ

読後の感想は、”美しい”の一言でした。

同時受賞び『普賢』が、混沌とした人間模様を猥雑な口調で語っているのと対照的に、地中海の美しい風景とそこで起きるドラマが端正で無駄のない筆致で描かれ、非常に充実感を得られる物語でした。

純文学と思えないドラマティックさ

実際に描かれているのは、人妻との不倫という何とも低俗なドラマなのですが、不思議とそれを軽蔑させないものがあります。

また、純文学に抱きがちな「難しそう」「気取ってそう」な雰囲気が全くなく、また、第1回2回にあったような歴史的なメッセージ性も特になく、あまりに筋書きが人間臭くドラマティックなので、え?これ純文学なの?と戸惑ってしまいました。

特に、不倫現場に桂氏が踏み込んでくるシーンや、星名の後見人たる星名が桂氏にある事実を突きつけるシーンなど息を呑む緊迫感があって、なんだかドキドキしてしまいました。

児島という男と星名青年

本書が読んでいて楽しいのは、登場人物の個性豊かさにあると思います。

特に、星名青年の友人・児島のキャラクター性は光り輝いています。

不愛想で皮肉屋で、賭博と射撃の時にしか笑いを見せないような数学者。

人妻である桂夫人に恋をしてしまった主人公は、ある晩の夫人の家を訪れた際、思いもかけず冷遇され落ち込み児島にそのことを打ち明けます。

児島は例のようないらいらしたいかにも不熱心な要人深い態度で、初めは何一つ意見も述べなかったが、そのうち非常に不機嫌な顔になってこう答えた。ーお前は馬鹿なのだーどうして?ーと思わず僕もムッとして反問せずにはいられなかった。

「主人がいる時といない時とで夫人に対する態度が別々になるような奴は当然その位な眼に会わされる」

こいつ絶対モテる男だな、とここで思ってしまいました。

そして、この児島という男の言うとおりにすると、スイスイ事が運び、星名青年は遂に桂夫人をモノにすることに成功します。

しかし、秒で夫である桂氏にばれて、銃による決闘を申し込まれてしまいます。

決闘には後見人が必要なため、星名青年はまたしも児島を呼び寄せます。

決闘という命のかかった一大事にも関わらず、児島は飄々と現れ、スッと主人公の後見人になってくれます。

「だいぶ参ってるな…ふふむ」ーと、児島はひとわたり僕らからの説明を聴き終ると、初めて例の小馬鹿にした苦笑を鼻先に浮べた。ー「どうだ、自分の馬鹿さ加減がいまさら骨身にしみただろう」

いや、絶対イケメンでしょ、この人!

しかし、何故、児島が、桂夫人との恋愛に色々と指南を授けてくれたのか、そし決闘の後見人にまでなってくれたのか、ここから明らかになっていきます。

実は、桂氏と児島との間には浅からぬ因縁があったのです。

このあたりのドラマはぜひ本編で読んでほしいです。めちゃくちゃ興奮しました!

しかし、結果として自分の復讐に若き青年である星名を巻き込んでしまった罪悪感か、それまで不適で傍若無人であった児島は次第に暗鬱とし表情となっていきます。

そして、遂に決闘から逃げるように主人公に促します(主人公が決闘から逃げた場合、後見人の児島は代わりに決闘をすることになります)。

しかし、星名青年はそれを断り、尚も言い募る児島に告げます。

「発つにしても、僕は同じ時刻に巴里で自殺する」

キャー!

作中、始終うだつの上がらなかった万年青年の主人公が一番輝いた場面でした!

己の復讐に若い青年を操って運命の輪に引きずりこんでしまった自責の念にうなだれる男と、そうと分かっていても誤った恋に突っ走ったその結果を静かな決意で己が身に受け止めようとする若き青年、二人の姿が美しい朝焼けの地中海に溶けていくラストは何だか一本の映画を見終わったような充足感がありました。

やはり、この作品は美しいです。

今回ご紹介した本はこちら

こちらの全集にしか今のところ載っていないようです……。

素晴らしい作品なので、そのうち文庫が出るといいのですが……。

芥川賞を全作読んでみよう第4回その1『普賢』石川淳 |【感想】饒舌で混沌とした筆遣いが描く市井の人々の滑稽などったんばったん

芥川賞を全作読んでみよう第4回その1、石川淳『普賢』をご紹介します。

芥川龍之介賞について

芥川龍之介賞とは、昭和10年(1935年)、文藝春秋の創業者・菊池寛によって制定された純文学における新人賞です。

受賞は年2回、上半期は、前年12月から5月までに発表されたものが対象、下半期は、6月から11月までに発表されたもの、が対象となります。

第四回芥川賞委員

菊池寛久米正雄山本有三佐藤春夫谷崎潤一郎室生犀星小島政二郎、佐々木茂索、瀧井孝作横光利一川端康成

第四回受賞作・候補作(昭和11年・1936年下半期)

受賞作

『普賢』石川淳

『地中海』冨澤有爲男

候補作

『梟』伊藤永之介

『滅亡の門』『歳月』川上喜久子

 

二作同時受賞について

第三回同様、二作が受賞しました。

第三回は、前回にあたる第二回が「受賞作なし」だったという経緯の末の二作受賞でしたが、今回はそういった事情がないため、少し奇異に感じます。

佐藤春夫は選評にて

室生氏などは二つともというのは卑怯とまでいうが、卑怯でも愚昧でも致し方ない。

 と書いており、また佐々木茂索も、

芥川賞にしろ直木賞にしろ、もう少し基準をはっきりさせ、最後の決定方法も確立する必要がある。

としているので、この芥川賞の黎明期において二作に受賞をさせることについて大分議論が紛糾したことが伺えます。

ちなみに、横光利一などは、

私は「普賢」は読む暇がなくてまだ見ていない。

とまで書いています。おいおい選評委員が受賞作読んでなくていいんかーい、と思わずツッコんでしまいました。まさに、出発したての事業という感じがしますね。

受賞作『普賢』のあらすじ

ジャンヌ・ダルク縁の中世フランスの女流詩人の伝記を書く書生の〈私〉は、友人の庵文蔵の妹であり地下活動を行うユカリに懸想している。また、〈私〉の周囲を道化のように飛び回る垂井茂市とその周辺の人々の滑稽な悲喜こもごもを饒舌かつ大胆な筆致で描く。

感想 

饒舌な混沌

感想といっても、もうカオス!の一言に尽きます。

今の作家で似ている文章の人を挙げるとすれば、町田康でしょうか。

筋があってないような話なのに、なんと原稿用紙150枚もあり、読み通すのに大分苦労しました。

主人公である〈私〉は中世フランスの女流詩人クリスティヌ・ド・ピザンの伝記を書かねばならず、前半はこのジャンヌ・ダルクゆかりの女詩人の生涯がとうとうと語られるのですが、語りの途中で、下宿の女主人・葛原安子が突然介入してきたり、垂井茂市という何だか道化のような詐欺師のような不思議な男に振り回されたり、一向に仕事が進みません。

果ては、茂市の知り合いの彦介という貧乏男とその女房でヘロイン中毒のお組が突然登場、お組の母親が電車に轢かれてしまったり、また茂市の伝手で出会った綱という女性と関係を持ってしまったり、その綱が実は、自分の知り合いの愛人でかつ茂市とも関係があったり、まさに手垢に満ちた人間関係の地獄絵図

おまけに同じ下宿に住む友人の文蔵とは、訳の分からない芸術談義や皮肉の応酬のし合いで、もう何がなんだか分かりません。

じつはわたしはときどき深夜の寝床を蹴って立ち上がり、突然「死のう」とさけぶことがあり、それを聞きつけた文蔵に「まだ死なないのか。」とひやかされる始末である、

茂市という男

この汚れた人間地獄の俗世の中心に座すのは垂井茂市という一人の男です。

主人公が離れたくても離れられないしがらみを辿っていくと、必ずこの茂市という男に辿りつきます。

実は大人物なのか小物なのか、それすらもはっきりせず、女郎屋で因縁をつけて小金を稼いだかと思えば、どうしようもない貧乏性の彦助とお組の夫妻の面倒をそれとなく見ていたり、かと思えば、人の愛人を飄々と寝取っていたり、粗野かつ低俗にして飄々とし、まさに縦横無尽、融通無碍。

普賢行とはまさにこの男の行いなのか、と益体もないことを考えてしまいました。

不可思議な引力

この著者の芸術精神を長々しくも垂れ流したような小説には、何故か不可思議な引力を感じます。

垢が滲むような俗世の描写と、主人公のくだくだしい言い訳にげんなりしながら、その図太さと混沌とした魅力に終に最後まで引っ張られていってしまいます。

二作受賞に反対したらしい室生犀星も選評で、

各委員もこの「普賢」に対する不満混迷を感じられていたに拘らず、この作品からはなれられぬ、、、、、、妙なものを感じられているらしかった。

 と評しています。

これが純文学なのか?と疑問に思わせながらも、その摩訶不思議なワールドで強引に賞をもぎとっていった力、これこそこの短編の魔力と言えるでしょう。

今回ご紹介した本はこちら

芥川賞を全作読んでみよう第3回その2『城外』小田嶽夫 |【感想】青年官吏の外国での孤独と若き恋の日々を古雅な筆致で描く

芥川賞を全作読んでみよう第3回その2、小田嶽夫『城外』をご紹介します。

芥川龍之介賞について

芥川龍之介賞とは、昭和10年(1935年)、文藝春秋の創業者・菊池寛によって制定された純文学における新人賞です。

受賞は年2回、上半期は、前年12月から5月までに発表されたものが対象、下半期は、6月から11月までに発表されたもの、が対象となります。

第三回芥川賞委員

菊池寛久米正雄山本有三佐藤春夫谷崎潤一郎室生犀星小島政二郎、佐々木茂索、瀧井孝作横光利一川端康成

第三回受賞作・候補作(昭和11年・1936年上半期)

受賞作

コシャマイン記』鶴田知也

『城外』小田嶽夫

候補作

『部落史』打木村治

『遣唐船』高木卓

いのちの初夜北條民雄

『神楽坂』矢田津世子

『虹と鎖』織田隆士

『白日の書』横田文子

前回の第二回が受賞作なしだったので、第三回は二作を受賞作として挙げたようです。

受賞作『城外』のあらすじ

二十五歳で杭州の日本領事館に派遣された青年官吏の"私"は、あてがわれた官舎で中国人の召使い・桂英とその娘・月銀と出会う。若き青年官吏の秘密の恋、望郷の念、そして南京事件へ向け緊張が高まるなか帰国を余儀なくされるまでの日々を古雅な筆致で描く。

感想

成長する若き愛情

初読の感想は「若いな……」でした。愛人である桂英との関係が人にバレるのを過度に恐れ、それを隠すために妓楼に赴くなど、人の目を気にしすぎる若者の感じがよく描かれているな、と感じました。

しかし、心細い外国で「異邦人の寂しみ」を味わう"私"の若い情欲が、やがて桂英と月銀の母娘に対する大きく温かな愛情へと変化していく過程は心温まるものがあります。

桂英との関係にやましさを感じ、人に秘密にしてきた"私"ですが、彼女が重い肺病にかかる段になり、それらが吹っ飛んでしまいます。

高熱を発し、死さえ匂わせる桂英と、身も世も無く悲しむ月銀を前にして、主人公はただおろおろと惑い、何とか桂英を救おうと医者を手配し入院の手続きをします。

ようやく回復した桂英と月銀の母娘へ送る"私"のまなざしは、幸福に満ちています。

おそらく私が長い生涯を送ると仮定して、その旅の最後の終りに過ぎてきた跡を追懐して見る時があるとするならば、その一と時の生活は崇高な燦爛たる金色を放って私の眸を眩暈させるかも知れない。

中国への興味

本書が受賞した1936年の翌年に南京事件が起こります。

そこに至るまでの、国民党、共産党、日本軍の極度の緊張関係は日本の読者の興味を中国との関係に注いでいたのでは、と思います。

2021年現在では歴史上の出来事ですが、本書が読まれた1936年では歴史ではなく"今"だったのだと考えると感慨深いです。

著者の外交官経験

著者の小田嶽夫は外務省の職員で、中国・杭州の領事館などに勤務していたこともあるそうです。

本作はまさにそういった経験から描かれた物語と言えるでしょう。

ただ『コシャマイン記』と比べると……

確かに良い作品ではありますが、実はダブル受賞の『コシャマイン記』と比べると、少し見劣りするな……というのが正直な感想です。

https://rukoo.hatenablog.com/entry/book-review-091

選評委員の評も『コシャマイン記』についてはほぼ称賛されており、満場一致で受賞が決定したのに対し、あまり言及がされていないように感じました。

選評委員の意見もクォリティより長年の努力を評価している向きが多いように思います。

小田君の「城外」は少々清新な味に欠けるもので、この点受賞を躊躇した向もあったけれど十年この道に努力した跡はさすがに顕著で老成した味の尊重すべきものを思う。(佐藤春夫

小田氏は長年の勉強が認められたのは、喜ばしい。(川端康成

「城外」はいまだしの感ありと席上で云ったら、行き過ぎている位永い事書いている人だという事で驚いた。この「城外」の当選はやや幸運の感がなくもなし、(佐々木茂索)

小島政二郎室生犀星、については「城外」に言及さえしていません。

しかし、菊池寛

「城外」は現代物の中では、一番自分の心に残った。

と評価しており、芥川賞の実務を多く兼ねる瀧井孝作も、

小田嶽夫氏の「城外」は文章のしっかりしている点で一番感心した。それに情婦に対する愛情もなかなかよく描けているようだ。

 と好印象だったようです。

委員の中心人物である菊池寛が推したことと、著者の長年の努力昨年度(第二回)の受賞作がなかったこと中国への関心が高まっていたこと時運、などが合わさったラッキー受賞だったとも言えるかな、と思います。

『城外』はこちらに掲載されています