書にいたる病

ものがたり大好き主婦の読書記録

『神様のボート 』江國香織 | 【感想・ネタバレ】恋に狂った母親と娘の放浪の日々、母娘の蜜月とその終焉までの遥かな旅路

今回ご紹介するのは、 江國香織神様のボート (新潮文庫) 』です。

1999年の作品なので、結構前の話になるのでしょうか。

「神様のボートにのってしまったから」と言い、消えてしまった恋人を待ち放浪し続ける母親とその娘、という不思議な設定を、江國香織らしい上品さで静謐に描いています。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

恋愛の狂気に囚われた母・葉子は、別れた恋人が自分を見つけ出してくれることをひたすら信じ、引っ越しを繰り返す。草子はそんな母親のそばで成長していく。''私の宝物は三つ。ピアノ。あのひと。そしてあなたよ草子''。母と娘の幸福な夢の時間とその喪失の物語。

 おすすめポイント 

静かで落ち着いた小説を読みたい方におすすめです。

母と娘の幸せな時間とそれが終わるまでの長い旅路を共に歩んでいるような気持にさせてくれる小説です。

 

注意! ここからネタバレします

愛の夢の中に生きる母・葉子

母親の葉子と草子の母娘は、決まった土地に定住せず、引っ越しを繰り返すという不思議な生活を送っています。

葉子が十年も前に姿を消した恋人、草子の父親である''あのひと''との恋に完全に囚われてしまったからです。

必ず迎えにくる、という言葉を盲目的に信じ、葉子は理屈に合わない引っ越しを繰り返します。

場所はどこでもよかった。高萩が思いのほか居心地のいい町だったので、予定よりもはやく引越すことにしたのだ。うっかりしてこの町になじんでしまうのがこわかった。それがどんな場所であれ、なじんでしまったらもうあのひとには会えない気がするから。

ーかならず戻ってくる。

あの暑い九月の午後、あの人はそう言った。

ーかならず戻ってくる。そうして俺はかならず葉子ちゃんを探し出す。どこにいても。

葉子には当時、''桃井先生''という夫がいて、''あのひと''にも妻がいたことが、物語中で明かされます。

常識的に考えれば、十年以上前にいなくなった恋人が戻ってきて見つけ出してくれるなんて、夢でしかないでしょう。

なじんでしまったらもう二度と会えない気がする、そんな不確かな理由で転居を繰り返し、そのたびに''あのひと''以外の過去を捨てていく母娘の姿は、現実離れしてまるで夢のなかのようです。

まさに葉子は恋愛の夢のなかに生きているのしょう。

''神様のボートにのってしまった''とは、そんな静かな狂気に足を踏み入れざるを得ないほどの恋をしてしまったことを指しているのではないでしょうか。

母と娘の蜜月とその終焉

葉子は、どの町でも人の顔を覚えず、物に執着せず、未来を考えようとしない、ふわふわした女性に描かれています。

それに対し娘の草子は、普通に友達をつくり、近所の出来事に気を配る、幼いながらしっかり者です。

草子が幼いうちは、母親の夢のなかに住んでいられた2人も、その対照的な性格により、徐々に溝を深めていきます。

母と娘の放浪とその愛憎を描いた作品といえば、桜庭一樹の『ファミリーポートレイト』を思い出します。

ファミリーポートレイト』の母と娘の放浪が悪夢のような幻想と愛憎に満ちていたのに対し、『神様のボート』でのそれは、内に静謐な狂気をはらみながらも、慈しみと温もりを感じさせますが、母と娘の幼い間だけの共犯関係のような、一瞬の忘れがたい幸福を描いている点は共通していいます。

しかし、『ファミリーポートレイト』でも『神様のボート』でも、幸福な夢は永遠には続きません。娘はいつまでも母親の夢のなかに一緒に住んではくれません。

草子は、母親以外の自分の世界を獲得するため、母親から飛び立とうとします。

放浪と夢を望む母と、定住と現実を望む娘。

2人の対決は、母と娘の蜜月の終わりを象徴します。

そして、娘にとって成長し旅立つことは母親への裏切りでもあります。

ーごめんなさい。

小さな声で、苦しそうに草子は言った。

ー何をあやまるの?

草子は泣きじゃくっていた。泣きじゃくって、泣きやもうと洟をかみ、また泣きじゃくった。そうしてそれから湿った声で、

ーママの世界にずっと住んでいられなくて。

と、言ったのだった。

風がつよい。

先に挙げた『ファミリーポートレイト』でも、成長を止められない娘の母親への罪悪感が描かれています。

あたしはまた目を閉じる。

ごめんね、ママ。

こんなにおおきくなってしまって。

成長することで、大事なママを裏切ってしまって。 

こうしてみると、母と娘という関係はなんて強くて甘くて哀しいんでしょう。

親子として慈しみあい、成長すれば同性として意識し、必ずいつか別れなくてはならない。

この世に母と娘以上に強くて哀しい結びつきがあるでしょうか。

草子が泣きじゃくりながら母親に決定的な別れを告げる上記のシーンは、かつて娘であり、今は母であるかもしれない全ての女性の心に響くのではないでしょうか。

今回ご紹介した本はこちら

文章中で引用した桜庭一樹ファミリーポートレイト』はこちら

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こちらはちょっと風変わりであたたかな家族の生活を描いた作品で、おすすめです。

『ゴールデンタイムの消費期限』斜線堂有紀 | 【感想・ネタバレ】元天才児たちが集められた箱庭での本物のゴールデンタイムを描く爽やかな青春小説

今回ご紹介するのは、 斜線堂有紀『ゴールデンタイムの消費期限 (文芸単行本)』です。

この間読んだ『楽園とは探偵の不在なり』が面白かったので、こちらも読んでみることにしました。

才能というギフトを与えられた少年少女らを書くことで、人生の選び方の在りようそのものを表現した胸を打たれる小説でした。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

14歳でベストセラーを書いた天才小説家・綴喜は、4年間も新たな小説を出版できずにいた。自らの消費期限はすでに過ぎているのか。そんな焦りのなか、綴喜は「レミントン・プロジェクト」に招待される。そこでは、料理人、ヴァイオリニスト、日本画家、棋士、映画監督、各分野の元天才たちが集められていた。

 おすすめポイント 

世間に見放されつつある元天才たちという設定ですが、青春小説の名に恥じぬ爽やかな読後感が味わえます。

才能とは何か、それは人生を賭けるに足るものか、そんなことを考えさせられる一冊です。

注意! ここからネタバレします 

AIによる元天才児たちのリサイクル計画

本書『ゴールデンタイムの消費期限』では、かつて各分野の天才と呼ばれながら、現在ま結果を出すことができない、元天才児たちがあるプロジェクトに参加します。

・主人公・綴喜文彰 小説家

・真取智之 料理人

・秋笠奏子 ヴァイオリニスト

・秒島宗哉 日本画

・御堂将道 棋士

・凪寺エミ 映画監督

彼らは雲雀博士の主導する「レミントン・プロジェクト」に参加するために集めらますが、その目的は、AI・レミントンとセッションを行うことにあります。

小説家である綴喜は、レミントンの提示するプロットに従い小説を書くよう求められ、ヴァイオリニストの秋笠は聴衆に響くとレミントンが判断した弾き方を教えられます。

膨大なデータを学習した特化型AIであるレミントンの指示に従えば、自身で創作するより世間に評価されるものをつくることができます。

もちろん、一部の参加者はこのプロジェクトに強く反発します。

しかし、反発するにしても順応するにしても、AIが弾き出す最適解とその見事さを見せつけられるごとに、それぞれが自分の才能に否応なく向き合わされることになります。

彼らの共通点は、才能と呼ばれる実態の無いものにそれまでの人生のすべてを捧げて戦ってきたことにあります。

14歳でベストセラーを世に出して以降、小説を出版できていない主人公・綴喜も、ある事件により、トラウマも痛みも、自分の感性の全てを小説に捧げた過去をさらけだします。

しかし、そうまでしても、レミントンが創り出したプロットの面白さを否定することはできません。

一体、人間のできることは何なのか、人間よりAIのほうが優れているのか、本書は一見、無慈悲な問いを投げかけます。

AIという鏡に映る青春

しかし、本書は結局、AIと人間を対立させるものとしては描きません。

レミントンは時に残酷に被験者の心の内を暴きたて、酷薄に''正しい''道を提示します。

しかし、それはAIが常に人間の鏡だからです。

AIという鏡に映った自分の姿を如何に受け入れるかが、本書を読み解く鍵なのではないでしょうか。

登場人物たちは、自らの才能とその欠如、それでも好きなことを続けたいという気持ちと始終、葛藤させられます。

そして、なぜ自分がそうまでして、しがみつかねばならないのかも。

レミントンを通して彼らは自分の本当の姿に向き合います。

自分と真摯に向き合い進むべき道を決める、これこそ本書が青春小説である証ではないでしょうか。

プロジェクトを終えた参加者たちは、それぞれの未来に羽ばたきます。

レミントンとのセッションにより更なる技術の向上を目指す者、自らの力だけで地べたを這いずることを選ぶ者、今までの道を捨て新しい道を選ぶ者。

しかし、その全ての選択が祝福に満ちています。それはどんな道であっても自分自身で選んだ道だからでしょう。

あっけらかんとしたメッセージにしてやられる

本書から私が確信したことは、AIが人間に敵対することはあり得ない、ということです。

なぜならAIも人間がつくるものだからです。

レミントンを作成した雲雀博士がプロジェクトを提唱した理由、それは「才能が無くなったくらいで、好きなものを失うのは寂しいから」という単純なものです。

才能を一切持ち合わせていない人間には、この言葉の本当の重みは理解できませんが、しかし、あれだけ作中で才能について散々悩ませながら、天からのギフトがあってもなくても、好きなことをやっていいじゃん、という何ともあっけらかんとしたメッセージを最後にぶっぱなしてくることに、してやられた感がありました。

私も、ものがたりが好きという理由で、こんな読むに堪えない読書ブログをやってるわけですが、それも別にいいのかな、という気にさせられてしまいました。

今回ご紹介した本はこちら

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『蒼海館の殺人』阿津川辰海 【感想・ネタバレ】洪水が迫る館で起こる連続殺人事件、悩める若き探偵に朝はやってくる!

今回ご紹介するのは、 阿津川辰海『蒼海館の殺人 (講談社タイガ)』です。

・2021本格ミステリ・ベスト10 国内ランキング 第1位
このミステリーがすごい! 2021年度版 国内編 第2位
週刊文春ミステリーベスト10 第2位
・ミステリが読みたい! 2021年度版 国内篇 第3位

と前作『紅蓮館の殺人』を凌ぐ評価ぶりです。

また、前作で探偵としての正義が揺るがされた葛城がいかに立ち直るのか、というのも見所です。

それではあらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

学校に欠席し続ける友人・葛城を見舞うため、僕こと田所は葛城家本宅を・青海館を訪れる。葛城自身が「嘘つきの一族」と称する家族と出迎えられる僕。しかし、豪雨による川の氾濫により、屋敷に水が迫るなか、連続殺人事件が発生する。頑なに探偵行為を拒む葛城に苛立つ僕。はたして、名探偵は復活できるのか。

 おすすめポイント 

伏線と論理の回収が見事なミステリです。

本作単体でも十分楽しめますが、前作『紅蓮館の殺人』を先に読んでおくと、より話が分かるかと思います。

 

注意! ここから物語の琴線に触れます

噓つきの一族・葛城家と田所の兄との邂逅

前作『紅蓮館の殺人』で探偵であることの意味と自らの正義を見失い、山奥の葛城家の本宅に籠ってしまった葛城を僕こと田所は見舞うことにします。

良家である故か、葛城いわく「嘘つきの一族」であるという葛城家の面々と田所は対面します。

出来過ぎたホームドラマのような一見和やかな葛城家のなかで、誰が何の嘘をついているのかが本作の鍵となります。

また、田所の兄・梓月の登場も読者には嬉しいサプライズです。

仲の良いとは決して言えない兄弟の丁々発止のやりとりも本書の見所でしょう。

洪水によるタイムリミットと探偵の不在

『紅蓮館の殺人』が山火事によるクローズドサークルだったのに対し、本書は洪水によるタイムリミットが設けられています。

大雨により氾濫した川が押し寄せるなか、次々と起こる連続殺人。

しかし探偵である葛城は全く事件を推理しようとしません。

謎を解くことで、家族のなかに犯人がいることを暴いてしまうかもしれない、このことが葛城を押しとどめています。

そして遂にあれほど嫌っていた''嘘''に葛城自身も加担してしまうことになります。

このとき確かに、葛城は自ら探偵であることを投げ捨ててしまったといえるでしょう。

探偵の復活

しかし、迫りくる危機のなかで他者の命を救うため自分の力を使わざるをえなくなったそのなかで、ようやく、自分の探偵としての役割をつかみ取ります。

「(略)暴いていいか、じゃないんだ。解いていいか、じゃないんだ。

今までも、、、、解いてはいけない謎なんて一つもなかった、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ただ、、解いた後のことを考えなければいけなかっただけだ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

やることは単純だ、解いて、助ける。だってー」

名探偵はヒーロー、前作であれだけ足元を揺るがされた葛城・田所は自らの力(若さともいう)の使い道を定めることができました。

葛城が事件で担った役割は決して許されるものではありませんが、もがきながらも行く手を自ら定めた名探偵に、前作のかつての名探偵・飛鳥井も拍手を贈ってくれるのではないでしょうか。

前作からのパワーアップ

そして、『紅蓮館の殺人』でも発揮された精緻な伏線の張り方は本作で更にパワーアップしていました。

それどころか、登場人物全員が何らかの嘘をついている、という難しい状況と、その必然性をトリックに絡める、という、もはや、どうやったらこんな話が書けるのか著者の頭を少しだけ解剖させてほしいくらいです。

特に伏線はりが細かいので、2回3回読み返して、こんなとこにも伏線が~、とニヤニヤしたいです。 

今回ご紹介した本はこちら

前刊『紅蓮館の殺人』はこちら

『紅蓮館の殺人』阿津川辰海 | 【感想・ネタバレ】刻一刻と迫るタイムリミットのなかで、探偵の存在意義が試される。謎を解くことははたして善なのか。

今回ご紹介するのは、阿津川辰海『紅蓮館の殺人 (講談社タイガ)』です。

・2020本格ミステリ・ベスト10 国内第3位

・ミステリが読みたい! 2020年度版 国内篇 第5位

・このミステリーがすごい! 2020年度版 国内編 第6位

と高く評価されている本作ですが、実は続編である『蒼海館の殺人』の方を、それと知らずに先に読んでしまいました。

恩田陸の神原恵弥シリーズを読んだ時も、3作目から読んでしまいましたが、そういう星の下に生まれついているのでしょう。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

高校の合宿中、憧れの小説家の館・落日館を訪れるため抜け出した僕と葛城は、落雷による山火事により、館に数名の男女と避難することになる。そのなかで、起こった少女の死。山火事によるタイムリミットが迫るなか、事件の謎を解くべきなのか、脱出を優先すべきなのか、探偵の存在意義が試される。

 おすすめポイント 

館に集う怪しい男女というわくわくする設定に、迫る山火事というタイムリミットがスリルを倍増させます。

探偵のレゾンデートルというちょっと重いテーマに挑戦した意欲作です。

 

注意! ここからネタバレします

探偵の存在意義の変遷

最近、石坂浩二古谷一行の「金田一耕助シリーズ」をネトフリで見まくっていたのですが、戦後すぐの混乱期が舞台で、事件も因習に満ちたおどろおどろしいものなのに、何故か、のどかだな~という感想を持ちました。

まず、名探偵とはいえ金田一耕助という民間人に警察がフツーに捜査情報を漏らしている設定からして、時代のユルさを感じます。この映画は1970年代ですしね。

それに加え、このころには、謎を解く探偵は''善''、犯人は''悪''という図式がはっきりあって、探偵が謎を解く理由を問われることなんてあまりなかったように思います。

時代がすすみ、、物語のなかであっても、警察が一般人に捜査情報を漏らしてくれなくなったいま、探偵に推理させるためには、

・探偵自身が警察関係者である

・探偵自身が探偵行為に何らかの執着を持っている

のどちらかが必要になったということなのかもしれません。

つまり探偵がなぜ問題を解かねばならないのかという点が、推理小説のキーワード足りえるとうになってきた、ということでしょうか。

消極的な名探偵たち

それ故に、2000年代には、優れた洞察力を持ちながら、事件に積極的に関わることを嫌がる探偵像も頻出するようになりました。

2001年から始まった米澤穂信古典部シリーズ』の探偵役・折木奉太郎、2004年の津原泰水ルピナス探偵団』の吾魚彩子、2008年の北山猛邦『名探偵音野順の事件簿』の音野順、などがその類ですね。

ちなみに、それに先立つ、1993年には北村薫が『冬のオペラ』にて、探偵であることの宿命とその哀しみを描いています。名探偵であることが職業でなく生きざまであることを1990年初頭にすでに書いていた北村薫はやはり只者ではないな、と思います。

『紅蓮館の殺人』での名探偵たち

さて、本書『紅蓮館の殺人』の探偵・葛城は、嘘を憎み、正義を重んじ、自ら進んで探偵であろうとする昨今では少々珍しい熱血型です。

そして、それと対照的に描かれるのは、探偵であることに絶望しきった、かつての名探偵・飛鳥井光流。

ワトソン役は葛城の同級生である僕・田所信哉。

飛鳥井は葛城に突きつけるのは、謎を解く行為が周囲の人間を巻き込み不幸することがあるという単純な事実です。そして、謎を解いて喪ったものは二度と取り戻せない、ということも。

事実、葛城は最後の最後まで、自分のせいで他人が害されたことを、飛鳥井に指摘されるまで気づくことができませんでした。

誰かを喪っても、謎を解くことで誰かが不幸になっても、探偵を続ける意味ははたしてあるのか。

えてして、悩める探偵を楽観的に救うのはワトソン役と決まっています。

次刊で葛城がその葛藤を乗り越えることができるのかは、ワトソン役である田所にかかっている、といえるでしょう。

巧みな伏線と登場人物を使いこなす技量

探偵の存在意義を酷薄ともとれるほど追求する本書ですが、トリックのアクロバティックさ、張り巡らされた伏線にこそ、本書の真の価値はあるといえます。

様々な仕掛けが組み込まれた奇々怪々な館・落日館。

何かを隠している館の住人と、火事で避難してきたという怪しげな男女。

刻一刻と迫る火の手。

手に余るような盛りに盛られた設定と個性豊かな登場人物を著者は巧みに使いこなし、読み終われば、無駄な登場人物・記述は一切なく、その見事な着地に感嘆のため息が出てしまいます。

う~ん、あそこもあそこも伏線だったのか。

伏線が小気味よく張られているので、この本は2回読み返すと別の楽しさが出てくると思います。

後、館ものは、建物の構造をよく理解せねばならず、読者としては理解がしんどいことがあるのですが、本書では、ページごとに解説図が丁寧に付されているのも嬉しい点でした。

今回ご紹介した本はこちら

続刊『蒼海館の殺人』はこちら

文章中で引用した北村薫『冬のオペラ』はこちら

『心が折れた夜のプレイリスト』竹宮ゆゆこ | 【感想・ネタバレ】大学生、人生初の失恋、そして部屋の窓が閉まらない。少し不思議な学生時代を綴る青春小説

今回ご紹介するのは、竹宮ゆゆこ心が折れた夜のプレイリスト(新潮文庫)』です。

前回読んだ『いいからしばらく黙ってろ!』が面白かったので、こちらも読んでみました。

表紙の女の子がすごくかわいいですよね。

北村英理さんという方が装丁をされているそうです。

他のイラストも見てみましたが、透明感があって色がおしゃれで、こんな表紙にされたら誰でもついつい買ってしまいますね。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

失恋後、部屋の窓が閉まらなくなった。何度鍵を閉めても窓は開いている。
大学生の「俺」こと萬代の人生初の失恋、可愛い女の子と塩分の濃すぎるラーメン、そして変態すぎる先輩・濃見との出会い。不思議で何故か懐かしい一瞬の青春を切り取った小説。

 おすすめポイント 

 キャラ同士のテンポの良いかけあいが好きな方におすすめです。

 学生時代の軽いノリが全開の青春小説が好きな方におすすめです。

 

注意! ここからネタバレします

いい意味での裏切り 

はじめに、めちゃくちゃネタバレしますが、この小説は恋愛小説ではありません!

実は私も表紙の女の子のあまりの可愛さと、あらすじの「最高に可愛い女の子とラーメン」という言葉に騙され勝手に勘違いし、エモーショナルでシャレオツな森見登美彦的な恋物語を期待して読み始めたのですが、見事に覆されました。もちろんいい意味で。

本書で起きる出来事は大きく二つ、''窓が閉じない事件''と''塩分依存事件''です。

窓が閉じない事件

大学生の「俺」こと萬代は、部屋の窓が閉まらなくなる、という現象に悩まされます。

鍵をかけたはずなのに、何度も確かめたはずなのに、帰ると窓が開いている。

この怪現象が怖くて怖くてたまらない萬代は一週間以上、自分の部屋に帰れずにいます。

そんなとき潜り込んだ飲み会で濃見秀一という先輩(ドM系変態)に絡まれ、あれやこれや事件に巻き込まれ、なんだかんだするうちに窓をスパンと閉じられるようになる、これはそういう話です。

なぜ萬代は窓が開いている状態が怖いのか、それは「窓」が象徴する外界がすべて萬代が手ひどく振られてしまった彼女に直結しているからです。

過疎地域から上京し、周囲に溶け込む行為に疲弊していた萬代にとって、‘’彼女‘’は世界と自分をつないでくれる始めての存在でした。

とはいっても、それは萬代の側からだけの話で、''彼女''にとっては自分が与えるものをただ享受しているだけのつまらない男だった、ということが回想での彼女の言葉からわかります。

''彼女''の不在によって開けっ放しになってしまった窓を、萬代はどうしても閉めることができません。

結局、失恋の痛手から3年近く抜け出せなかった、というダサい事実がこの事件の真相です。

ですが、変態・濃見は自分のあまりのダサさに落ちこむ主人公に寄り添ってくれます。

「本気で想える人間と出会えてさ、向こうも本気で想ってくれてさ。それを失くしたんなら、おかしくもなるよ。なんでそれが下らないんだよ。大変なことだろ」

常軌を逸した変態である濃見が何故か親身になってくたことや、この後で起きる嵐のようなハチャメチャな一夜が、ショック療法のように失恋の痛みを(無理やり)癒してくれます。

あんまり関係ないですが、悪友の定岡に対する感情を表現する「憎しみの旬」という言葉が何故か刺さりました。

超塩分依存事件

こちらの話は窓の事件に比べてオカルト染みていて、正直ちょっとゾッとしました。

可愛い女の子とラーメン食べにいくほのぼのした話だと思っていたのに……。

悪友・定岡にある日紹介されたのは、三食ラーメンを食べるほどラーメン大好き女子・アナ雪(本名・穴雪)。

見た目も可愛い彼女は毎週のようにラーメンに誘ってくれます。

これは完全に俺のことすきなんじゃ?、と主人公は浮かれますが、そう上手い話はなく、ある日アナ雪は思いもよらぬ奇行を見せ、その後連絡を一切シャットダウンしてしまいます。

それからというもの、萬代は塩分に異様な執着を見せるようになります。

塩を溶いた水をそのまま飲むようになったあたりで、ようやく自分のヤバさに気付きます。

このころから塩分への異常な渇望と同時に、どこかに帰りたいという自分のものとは思えない得体のしれない感情に振り回されるようになり、困惑・錯乱のうえ、萬代は変態・濃見に助けを求めます。

萬代の身に宿る謎の渇望が導くまま海へと向かう二人は、巨大な塩水のなかで、''何か''を目撃したりしなかったりします。

結局、青春小説

結局、この物語がなんなのかというと、オカルト現象に悩むフツーの学生と大分変った変態の先輩がわちゃわちゃするのを楽しむ小説、ということになるのでしょう。

2人の息の合ったかけあいは漫才のようで、こんな人たちが学生のとき周りにいたら楽しかっただろうなあ、と自分の学生時代を懐かしく思い出します。

いつも斜め上の発言ばかりの先輩・濃見がラストのシーンで萬代に放つ「まともな」指摘には、就職難の時期に就活を行った身としては、苦笑を禁じ得ません。

萬代くん、恋愛やオカルトばかりに気を取られてないで、真面目に就活しろよ! 

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『ハロー・ワールド』藤井太洋 | 【感想・ネタバレ】テクノロジーが創る未来を明るい確信で描く短編集

今回ご紹介するのは、藤井太洋ハロー・ワールド (講談社文庫)』です。

解説によると著者の藤井太洋さんは、2012年7月、電子書籍Gene Mapper」を専用の電子書籍販売サイトを独自で作成・販売することでデビューされた、という凄い人だそうです。

同年11月、Kindleが日本で発売開始され、「Gene Mapper」はその年の「Kindle本・年間ランキング小説・文芸部門」でトップを獲得しました。

その後も、『オービタル・クラウド』で「ベストSF2014[国内篇]」、「第46回星雲賞」、「第35回日本SF大賞」の3冠を達成されています。

私自身ゴリゴリの文系かつ機械音痴なこともあり、エンジニア出身だという著者の作品を、気になりつつどことなく敬遠していたのですが、解説のIT技術に詳しくない人も自然に楽しめる」という一文に覚悟を決め購入しました。

別に覚悟を決めるようなことでもないのですが。

感想としては、面白かった!の一言です。

では、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

 ITベンチャー・エッジに務めるエンジニア・文椎とその仲間がつくった広告ブロックアプリが、なぜかインドネシアで売れ始める謎を追う表題作「ハロー・ワールド」をはじめ、インターネットの自由と豊かさを担保するため闘うエンジニア・文椎の姿を通し、世界とつながる希望を描く連作短編集。

 おすすめポイント 

仮想通貨やアプリ開発などIT系をテーマとした小説ですが、門外漢でも十全に楽しめる小説です。

何かをつくって世界とつながりたいな、と素直に思わせてくれます。

 

注意! ここからネタバレします。

各短編の内容

ハロー・ワールド

本書の表題作で、ITベンチャー・エッジに務めるエンジニア・文椎とその仲間がつくった広告ブロックアプリが、なぜかインドネシアで爆売れする、という謎から、政府が行ってっている検閲・盗撮に気付いてしまう、という話です。

行き先は特異点

サンフランシスコに出張中の文椎が乗るレンタカーが、グーグルの実験中の自動運転車に追突されることから始まる物語です。GSP障害により、特異点となった事故地点に次々とAmazonの配達品を運ぶドローンが集まってくる、という話です。渡り鳥のように同じ地点を目指すドローンが生き物のようで、ファンタジックささえ漂う作品です。

五色革命

バンコク出張中の文椎が遭遇した革命のなかで、ある役割を担います。集会の自由も、結社の自由も、言論の自由もある日本では、なかなか想像しにくい「豊かさと自由に関係がない」という現実を描きます。このテーマは、続く短編にも取り上げられることになります。

巨像の肩に乗って

twitterが中国に門戸を開いたことに憤りを覚えた文椎が、短文投稿型のSNSであるマストドンの暗号化ソフトウェア「オクスペッカー」を開発します。前述の通り、この方面に疎い私には技術的なことはチンプンカンプンでしたが、これまで多くの人々の努力がネット空間での自由という概念を創ってきたことへの熱い思いに溢れる作品であることは伝わりました。

めぐみの雨がふる

前作「巨像の肩に乗って」に続く形で話がはじまります。中国で軟禁状態にされた文椎が、ベーシックインカムを持つ新たな仮想通貨をつくりあげること話です。

相も変わらず、仮想通貨の技術的なことはチンプンカンプンでしたが、とにかく何かを作ろう、手を動かそう、そうすれば世界は良い方に変わる、という著者のメッセージが感じられました。

主人公 ・文椎のキャラクター性

短編集の形をとっていますが、本書は一貫してエンジニア・文椎泰洋の物語を描いています。

主人公でITベンチャー・エッジのエンジニアである文椎は、専門を持たない''何でも屋'を自称します。

ほんの少しのプログラミング、海外の開発会社との折衝、新製品の販促、毎年のように変わる業務に従事し、実績はどれもそこそこ。

別に登場するキャラクターがグーグルに務め、20以上のプログラミング言語を苦も無く操るエリートだったり、幾つものベンチャーを起業し、億を超える金額で売却する女性起業家だったりで、最初は主人公が地味な存在に見えていました(自分はプログラミングなんて一行もできないくせに)。

しかし、それはすぐに誤りだと気づきます。

文椎はプログラミングに優れたエリートでも、億を超える金額を苦も無く操る起業家でもない''普通‘’の男性ですが、「何かをやろう」という思いだけで、拙い技術でも、とにかく行動を起こします。

そんな文椎だからこそ、周囲の人々は味方になっていきます。ネットリテラシーの無い人間(私)でも、物語に引き込まれ、文椎の味方になってしますのは、偏に彼のキャラクター故でしょう。

著者が描く前向きな未来

本書は、ITを題材とした作品には珍しく、明るい未来を確信しているように思います。

テクノロジーの変化への危機感を過剰に煽り、ネットリテラシーの無い人間を馬鹿者のように扱う文章が乱立するなかで、本書はその立場をやんわりと否定しているように思います。

誰かがつくった技術のうえに立つことで、もう少し遠くを見ることができる。そうやって世界は徐々によくなっている。そのために、手を動かし、何かを作ろう、世界とつながろう、そう本書は呼びかけてくれているように私は思います。

長編 『オービタル・クラウド』もぜひ読んでみたいと思わせる短編集でした。

今回ご紹介した本はこちら

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こちらも近いうち読んでみたいです!

『雪と珊瑚と』 梨木香歩 | 【感想・ネタバレ】シングルマザーが森の中に総菜カフェをオープンするまでの軌跡を描く、葛藤と幸福な物語。

今回ご紹介するのは 梨木香歩雪と珊瑚と (角川文庫)』です。

高校生くらいのとき、何かを読んで以来、どちらかというと避けていた小説家さんなのですが、この間読んだ何気なく『ピスタチオ』が予想外に刺さったので、これからしばらく梨木香歩習慣にしようとすら思っています。

本書『珊瑚と雪と』は初出は「小説 野生時代」2010年9月号~2012年1月号ですので、比較的新しめの作品といえるのではないでしょうか。

さて、それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

シングルマザー珊瑚は、赤ん坊の雪を抱えて途方に暮れていた。
あてもなく彷徨っていた彼女の目に、「赤ちゃん、お預かりします」という貼り紙が飛び込んでくる。
そこで出会った年配の女性・くららとの出会い、そして沢山の人々との関わりによって、珊瑚はいつしか自分のカフェをオープンさせることを目指す。
一人の女性が、自らの生い立ちや内面の葛藤と戦いながら、生き方を模索する姿を描く読む人を勇気づける一冊。

 おすすめポイント 

 一人の女性が周囲の助けを借りつつ、カフェをオープンさせるまでの奮闘に勇気づけられます。

素直に人の助けを受け入れられない方に、一つのヒントとして読んでいただきたいです。

注意! ここからネタバレします。

本作の大まかなストーリー

昔から小さな子こども出てくる話が苦手でした。

というか、現実でも子どもが苦手です。

私は頭でっかちな人間なので、赤ん坊にどう接したらいいのか分からないし、どう理解すればいいのか分からないんです。

そもそも、赤ん坊というのは不思議で、産んだほうがいい、子は宝、なんて言われるわりには、タイミングとか大人の都合が合わないと、白眼視されたり、誰も助けてくれなかったり、意味が分からないんですよね。

赤ん坊が宝というなら、なぜ産み育てることが、こんなにも難しいのか(肉体的にではなくて社会的に)。

本書『雪と珊瑚と』の主人公・山野珊瑚はそんな世の矛盾を二重に背負っている女性といえます。

高校を中退して、結婚、出産を経て、21歳で離婚した彼女は、赤ん坊を抱えたシングルマザー。かつての夫は子ども気質で全く当てにならず、働こうにも季節外れで預かってくれる園もない。

また、珊瑚自身、母親にネグレクトを受けおり、高校中退もそれが原因でした。

頼れる親もなく途方に暮れた珊瑚が出会ったのが、「赤ちゃん、お預かりします」という小さな貼り紙と、その貼り紙を出した年配の女性・藪内くららでした。

最初は怪しんだものの、くららの第一印象に信用のおける何かを感じとった珊瑚は、赤ん坊・雪を預けることを決意します。

最初は雪を育てること・生活を維持することに必死だった珊瑚ですが、くららをはじめとした人々周囲の人々との関わりを通して、徐々に自分の生き方ややりがいを模索していきます。

そして、周囲の助けを借りながら、森の中に、カフェ兼総菜屋(デリカテッセンのようなもの?)をオープンします。これが大まかな物語です。

主人公・珊瑚の性格

本書の主人公である珊瑚は、若くして他人に寄りかかることをよしとしない潔い性格の持ち主(本人曰くプライドが高い)で、その誇り高さ故に、どうしてもしたたかになり切れないところがあります。

カフェをオープンするにあたり、森の中の物件を借りることになるのですが、オーナーの奥さんが家賃を値下げしてくれたことに珊瑚は引っかかりをもちます。

「施し、みたいに感じますか?」

くららの言葉に、珊瑚は大きくため息をついた。

「そういうことなんだと思います」

「そう? 私には、彼女の、あなたに対する尊敬もあると思うけど」

珊瑚は激しく首を振る。

「同情です。まちがいなく。私が、雪と二人で生きていく、それだけのことが、人の同情を呼ぶ。そのことに、うすうすは気づいていました。くららさんだって、本当のところ、そうだったんではないですか。時生さんたちだって。いえ、そのことを決して責めてるんじゃないんです。ものすごく、ありがたいことだと思ってるんです。本当に。ただ、なんというか……。そういうことに頼って生きていくような自分が嫌なんです」

珊瑚は、周囲が自分のために何かしてくれる度、自分のプライドと戦わなくてはなりません。

雪をなりふり構わず育てるためには、もっとしたたかに人の好意を渡り歩かねば、という思い・人に寄りかかっていきたくないという強情さ、その二つの間で珊瑚はしばしば悩みます。

そんな彼女に63歳のくららは、「施しを受けるときが一番、プライドが試される」と話します。施し受けたからといって、プライドまで明け渡す必要はない、と。

珊瑚は悩んだ末、店の融資の保証人に自分を捨てた母親を選びます。

金利が多少上がっても、保証人を立てないという道もありました。以前の彼女であれば、そちらを選んだのではないか、と思います。

誰に頭を下げるのか、自分の生き方と雪の養育と、現実的な金勘定、色々なものにどう折り合いをつけるか、彼女の歩く道筋に、若いのに色々考えててすごいなあ、とバカみたいな感想をもってしまいました。

ただ、身近に彼女のような女性がいたら、私も美知恵(本作の悪役ポジ)のような見方をしてしまうのではないかとも思いました。性格が悪いので。

もう一人の女性・藪内くらら

もう一人の女性・藪内くららは不思議な女性です。

修道院に入り、世界各地で奉仕活動に従事し、還俗し、両親に放置された甥を育て、今他人の赤ん坊の面倒を見ている。

あまり身近にいない生き方です。

浮世離れした雰囲気なのに、色々なことを知っていて、芯の強さを覗かせる言動は、波乱に満ちた人生に源があるようです。

本書で珊瑚の導き手のように描かれ、その内面はなかなか伺い知ることができません。

しかし、親切のやり方にセンスがあるので、珊瑚のような警戒心の強い女性でも、心を開くことができたのでしょう。

どこか、よしもとばなな作品に出てくる年配の女性を彷彿とさせます。

こういう隠れた偉人が日本のそこかしこに実はいて、自分の人生も手助けしてくれたらなあ、と甘いことを考えてしまいました。

蛇足として

珊瑚の子ども・雪がすくすくと成長していく様や、珊瑚と母親との確執も、本作には深く描かれています。

ただ、読者である私が、子どもと母親の関係について深く考えるのが辛くて感想としては書けませんでした。

子どもは、こんなにも母親を求めている。そのことは哀れで、悲しかった。親であることも、同じように悲しかった。

私はこの言葉がぐさりと刺さりました。

反対に、赤ん坊が日々成長していく様を読んで楽しい、喜ばしい、と自然に思える方には、この本は幸せをもって読めると思います。

今回ご紹介した本はこちら

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