書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『追想五断章 』米澤穂信 | 【感想・ネタバレなし】五つの結末の無い物語が、変貌する真実を語る

今日読んだのは、米澤穂信追想五断章』です。

2009年発売なので、米澤ミステリのなかでは、比較的古めの作品ですが、今でも書店で文庫版が売られている人気作、と言えます。

5つの結末の無い物語(リドルストーリー)と、それを探し求める主人公の物語、過去に起こった事件がそれぞれリンクする複雑な構造をとっており、しかも、それをさらっとまとめきる著者の技術に脱帽する一冊でもあります。

それでは、あらすじと感想を書いていきます

あらすじ

大学を休学中の菅生芳光は伯父の古書店で居候しながら無気力な日々を過ごしていた。そんな芳光のもとに、ある小説を探してほしいという依頼が舞い込む。依頼人・北里可南子は、父親が生前に書いた五つの結末の無い物語(リドルストーリー)を探しているという。捜索を続けるうち、可南子の両親にまつわるある謎の事件“アントワープの銃声”の存在を知る。やがて、五つの物語と過去の未解決事件は呼応し合い、衝撃の結末が明らかになる。

 おすすめポイント 

先が気になって、次へ次へページをめくってしまう類の本です。

5つの物語と過去の事件という複雑な構成を取りながら、登場人物の人間描写や、平成4年(1992年)当時の時代の雰囲気の描写も的確で、ミステリも技巧ばかりに偏らないバランスのいい作品です。

 

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

リドルストーリーとは

リドルストーリーとは、物語の結末をわざと描かず、読み手の想像に委ねる物語の一形式です。

有名なものだと、芥川龍之介『藪の中』とかがそうですね。

本書に登場する北里可南子は、父親・参吾が生前に執筆した五つのリドルストーリーを探し求めています。

なぜ、父親が五つのリドルストーリーを書いたことが分かったかというと、父親の遺品整理時に、五つのリドルストーリーに対応する結末のみが記された原稿が出てきたからです。

 伯父が経営する古書店に居候している主人公・菅生芳光は、一つの話につき10万円という破格の報酬につられ、依頼を引き受けます。

参吾の小説は、あちこちの同人誌や雑誌に掲載されており、芳光は少ない手がかりからから、それらを手繰りよせていきます。

そして、発見されるたびに、読者にもそのストーリーが提示されます。

この一つ一つのリドルストーリーだけでも十分に面白いうえに、なぜ、小説家でもない可南子の父親がこれらの断章を遺したのか、ストーリーとストーリーとの間にはどんな関係があるのか、この話が本章中の謎はどう関係してくるのか、次から次へと謎が提示され、非常に贅沢なつくりのミステリーになっています。

未解決事件“アントワープの銃声”

可南子の父・参吾が遺した小説を探し求めるうち、過去の未解決事件アントワープの銃声”の存在が浮かび上がります。

当時の関係者の誰もが、口をつぐみ、話したがらない疑心と謎に満ちた事件。

二十年以上まえに起こったこの事件は、可南子の母親であり参吾の妻・斗満子の死にまつわる謎に満ちた事件であり、事件の謎と5つのリドルストーリー、そして5つの結末はやがて呼応し合い、思いがけない衝撃のラストが読者を待ち受けます。

バブル崩壊当時の時代描写

本書は謎解きもスリル満点で素晴らしいのですが、平成4年という時代の雰囲気がよく表現されている点も評価したいです。

バブル崩壊後の暗い世相が、主人公・芳光の無気力な言動や、もはや仕事に情熱を持たない無口な伯父との無機質な日々の描写から痛いほど伝わってきます。

特に心情やを詳細に追っている場面はないにも関わらず、伯父や母親との会話や、ちょっとした食事のシーンなどのはしばしから、主人公・芳光のやり場のない思いや焦り、どうしようもないほどの諦念が伝わってきます。

このくら~い時代の雰囲気と、主人公・芳光の個人的な背景と心情、もうこれだけで、一冊の小説作品として成立しています。

これに、五つのリドルストーリーと五つの結末と過去の未解決事件という、ミステリーとして魅力的な謎を盛り込み、こうでしかあり得ないという完璧な形でまとめあげる技術には、さすが米澤穂信と、ため息がこぼれました。

読み終わると、この小説はこの時代背景でしか成立しない、と思わせられる見事な構成でした。

ミステリー好きなら、ぜひ一度は読みたい一冊です。

今回ご紹介した本はこちら

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