書にいたる病

ものがたり大好き主婦の読書記録

『Iの悲劇』米澤穂信 | 【感想・ネタバレなし】現実が物語を超える瞬間を目の当たりにする

今回ご紹介するのは、米澤穂信Iの悲劇 (文春e-book)』です。

最近、米澤穂信のノンシリーズものを集中的に読んでいるのですが、どの話も後味が苦いのに、読んでいる間は目が離せない中毒性があります。

地方創生をモチーフに、グロテスクな真実が暴露される本書も、読んでいる間は、提示される謎にワクワクしながら、頭の片隅では、これは一筋縄ではいかない決着になるぞ、と警鐘が鳴っていたように思います。

それでは、あらすじと感想を書いていきます

あらすじ

山間部の限界集落・蓑石に移住者を募る、地方創生プロジェクトが新市長の肝煎りで発足する。
移住者を支援するIターン支援推進プロジェクト「甦り課」のメンバーは、
出世を望む生真面目な公務員・万願寺邦和
学生っぽさが抜けない新人・観山遊香
定時に帰ることに心血を注ぐやる気ゼロの課長・西野秀嗣
3人は移住者からもたらされる様々な問題と謎に立ち向かっていく。

 おすすめポイント 

単純に人の死なないミステリとしての完成度が高い一冊です。

地方移住の闇を苦く描いた作品ですが、テレワーク・リモートワークが推進されたコロナ禍の今だからこその読み方ができる貴重な一冊です。

 

なるべくネタバレしないようにしますが、過敏な方はご注意ください。

人の死なないミステリとして

本書は所謂”人の死なないミステリ"にあてはめられると思います。

限界集落・蓑石への移住者を支援する「甦り課」のもとには、移住者間の様々なトラブルが持ち込まれます。

やれ、隣の家族が毎晩、爆音で音楽を鳴らしているだの、

やれ、養殖用の鯉が盗まれただの、

やれ、近所の住人のアンテナを撤去してほしいだの

これって公務員の仕事なの? と言いたくなりますが、私も過去、似たような仕事をしていたことがあるので、主人公・万願寺のため息をつきたくなるような気持ちはすごくわかります。

そして、持ち込まれる謎を、仕事やる気なし、定時命の、昼行灯、甦り課課長・西野秀嗣が、さらっと解決してしまいます。

そして、終章ではこれまでの事件と事件がつながり、「甦り課」の真の目的が明らかになります。

このあたりの、風呂敷の広げ方と、苦くもさらっとしたまとめ方は、同著者の『さよなら妖精』の面影があって、少し懐かしくなりました。

地方創生とUIJターンについて

本書は、山間部の限界集落・蓑石への移住者の間に起きた4つの事件を「甦り課」の3人が"火消し"していき、終章で、地方移住政策にまつわる衝撃の事実が判明する、という構図になっています。

それぞれの章の初出は以下のようになっています。

序章 Iの悲劇 書下ろし

第一章 軽い雨 「オールスイリ 2010」

第二章 浅い池 書下ろし

第三章 重い本「オール讀物」2015年11月号

第四章 黒い網「オール讀物」2013年11月号

第五章 深い沼 書下ろし

第六章 白い仏「オール讀物」2019年6月号

終章 Iの悲劇 書下ろし

一番古い第一章は2010年ごろに書かれたということになります。

私は何となく、地方創生政策とUIJターンを同列のものと思っていたのですが、地方創生の政策が謳われだしたのは大体2014年ごろからのようなので、第一章、第四章を執筆したあたりでは、地方創生という言葉はなかったようです。

UIJターンという言葉は1990年前後くらいからあったらしいので、両者の間には20年近く間があいていることになります。

なんだか、自分の無知さがどんどん露呈している気がしますが……。

2010年ごろに「軽い雨」から、2019年の「白い仏」までの間に、現実世界では、単なる地方移住現象が、地方創生という国の政策にまでなっていった時間の流れは、興味深いな、と思います。

また、1990年前後に話題になったUIJターンですが、ちょっとググると、田舎への移住はしんどい、という記事が2015年くらいにはもう見ることができるので、なかなか生々しい現実を描いていると思います。

地方移住についての新しい展望

先に述べたように、本書が執筆された2010~2019年は、UIJターンの負の側面が露わになってきた期間だったのではないかな、と思います。

本書で、主人公・万願寺が言う通り、移住の問題とは、ほとんど人間関係と予算です。

人間関係のトラブルを、その土地に愛着のない人間がクリアするのはなかなか難しいですし、中途半端な数の移住者のために、ただでさえ少ない予算を割り当てることも難しい、これは分かります。

都市部が稼いだお金が、地方を支えるために使われているのではないか、という東京で働く万願寺の弟の言葉もまあまあ理解できる部分もあります。

しかし、興味深いことに(そして不謹慎ながら)、2021年現在世の中は新たな局面を迎えています。

都市部で蔓延する感染症が、テレワーク・リモートワークの働き方を推し進め、地方移住を検討する人々や企業を増やしています。

本の中の冷酷な現実を、本当の現実が思いもしない形で覆そうとしている、これだから本を読むことはやめられないよねー、と思いました。

今回ご紹介した本はこちら

米澤穂信の他のおすすめ作品

全然設定は違うのですが、読後感が少し似ていました。