『ボーンヤードは語らない』市川憂人 | 【感想・ネタバレなし】人気シリーズ4弾は初の短編集。マリアと漣それぞれの過去の事件とは
今回ご紹介するのは、市川憂人『ボーンヤードは語らない』です。
21世紀の『そして誰もいなくなった』と選考委員に絶賛された第26回鮎川哲也賞受賞作『ジェリーフィッシュは凍らない』から続くマリア&漣シリーズ待望の第4作目です。
シリーズ第4作目は初の短編集で、これまでの主要登場人物の過去が少しだけ明かされる、という点でシリーズのファンとっては嬉しい一冊といえるかもしれません。
それでは、各短編の感想を書いていきます。
- あらすじ
- おすすめポイント
- ボーンヤードは語らない
- 赤鉛筆はいらない
- レッドデビルは知らない
- スケープシープは笑わない
- 今回ご紹介した本はこちら
- 第1作目の感想はこちら
- 第2作目の感想はこちら
- 第3作目の感想はこちら
あらすじ
おすすめポイント
・おなじみのマリア、漣、ジョン・ニッセン少佐のこれまで語られなかった過去に触れられるシリーズのファンにおすすめの一冊です。
・著者お得意の技巧を凝らしたトリックが短編のなかに綺麗に収まった宝箱のような一冊です。
ボーンヤードは語らない
ー疲れたよ、もう。
それが、別れの際に友人の遺した言葉だった。
故障や耐用年数の超過した軍用機が保管されるA州空軍基地・通称「飛行機の墓場(ボーンヤード)」で発見された兵士の変死体。
空軍少佐ジョン・ニッセンはその死に軍用機部品の横流しが絡んでいるのではと睨み、フラッグスタッフ署のマリアと漣に内々に調査を依頼します。
漣とは違った意味でお堅くストイックな人物像でマリアに振り回され気味のジョンは個人的に大好きなキャラクターなのでスポットライトが当たって嬉しかったです。
ミステリとしては、著者お得意の仕込みが小粒に仕込まれていて、1作目から読んでいるファンとしては美味しくいただけましたが、ストーリーとしては、理想と現実の狭間に落ちてしまった人間の悲劇が浮き彫りにされる少し胃が重くなる結末でした。
この話で語られる、他者を疎外・迫害しようとする醜悪さ、理想と現実を埋めようとする強靭さ、はこの後のストーリーでも繰り返し強調されるので、この短編集全体のテーマがここで提示された、と言っていいかもしれません。。
赤鉛筆はいらない
「ごめんなさいね、本当に」
母が後ろを向き、申し訳なさそうに口を開いた。
いつも隙が無く慇懃無礼なマリアのバディ・九条漣が高校生の冬に遭遇した不可解な殺人事件が描かれます。
ミステリとしては、王道の雪の密室です!
『ジェリーフィッシュは凍らない』も雪が降りしきるなかの事件だったので、ちょっとニヤッとしてしまいます。
著者お得意の精緻な仕込みが遺憾なく発揮されていて、途中「あ、だまされた!」と何度か声をあげたくなりました。
そして、この時分から慇懃無礼な食えなさを垣間見せるものの、今一歩詰めきれない甘さが滲む高校生の九条漣も大変楽しめました。
レッドデビルは知らない
「勝ち誇りたいなら勝ち誇ればいいわ。
けど、覚えていなさい。あんたの行いを知る人間が、今、あんたの目の前にいてーたとえどこへ行かされようと、いつになろうと、あんたを地獄へ叩き落そうとしていることを」
名門ハイスクール(!)の寮生時代のマリアとその親友を襲った痛ましい悲劇が描かれます。
白人至上主義が跋扈するハイスクールで爪弾きにされているマリアとハズナはあるきっかけで急速に仲を深めます。
しかし、ピクニックを約束した日曜日の前日、ハズナはマリアに不審な電話を遺し、駆け付けたマリアは遺体となったハズナを発見、自らも襲われ意識を失ってしまいます。
マリアは、気を失う前に目にした不可解な状況を追い、犯人に迫っていきます。
マリアがなぜ、刑事になったのか原点ともいえる事件が描かれます。
結末は悲劇的ですが、理解しえない現実を強い意志で(しばしばその拳で)埋めようとするマリアの力強い美しさが光る物語です。
サブキャラのマリアのルームメイト・セリーヌのあくの強いキャラにも惹かれる一編です。
また、何かの際に出てきてほしいです。
スケープシープは笑わない
口うるさそうな奴だ、弁護時事務所と間違えたんじゃないか。
それが、黒髪の部下に対するマリア・ソールズベリーの第一印象だった。
派手でだらしない人だ、これで警部とはさすが自由の国だ。
それが、赤毛の上司との初顔合わせにおける九条漣の偽らざる心境だった。
そして図らずも同じ疑問を抱いた。
どうしてこいつはーなぜ彼女はー警察官になったのか?
マリアと漣がバディを組んではじめて遭遇した事件が描かれます。
一応、先の二つの短編で描かれたマリアと漣それぞれの苦い過去が、この短編でいくらか挽回される、という構図をとっていますが、
ミステリとしては、小ネタも小ネタで、『ジェリーフィッシュは凍らない』の前日譚としてファンへのサービスで番外編的に書かれたものと解釈していいと思います。
でも雰囲気は往年の海外ミステリドラマっぽい感じで好きです。
今作は短編集でしたが、またこの二人の大がかりな長編が読みたいです。
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